伝統料理はある程度の技法を守りつつ、味付けなど時代に合わせて変えていくべきです。

おいしさの要因は「香り」

 食べ物のおいしさを感じる一番の要因は香りです。バリエーション豊かな気候風土や品種改良、産地の努力によって、日本の野菜には、世界一と言える香りの良さがあると思います。フランスでもミシュランの三つ星料理人が多く採用し、世界中で非常に高く評価されています。そうした、よりおいしさに優れたもの、付加価値の高いものを提供する。日本はその方向性をより重視した方がいいと思います。
 しかし、最近の野菜は香りが薄いものが増えてきたことが気がかりです。香りが“くせ”と捉えられ、量産する過程で多くの人に受け入れられることを目指して、薄くなっていったのかもしれません。また、香りの点では完熟させるのが一番ですが、完熟させたものは流通が難しい面もあります。
 香りの薄いピーマンであっても子どもが食べれば、親は栄養摂取の面から喜ぶかもしれません。しかし、本当の意味で食べるというのは、出来上がった料理を箸で口に入れて、咀嚼そしゃくして飲み込むということだけではなく、作るところから始まるものではないでしょうか。加えて、外食や中食の影響で消費者の味覚が画一的になっている印象もあります。
 全国のJAや農家が取り組んでいる食農教育はますます重要になります。自分で栽培してみたり、生産現場を訪れたりしたことのある子どもは、香りの強いピーマンだってきっと好きになりますよ。

変わらなければ生き残れない

 香りが強くて魅力的と言えば伝統野菜です。伝統野菜も家庭で昔ながらの料理があまり食べられなくなるのに従って、栽培も激減してしまいました。
 人が持つ「おいしい」という感覚は時代とともに進化します。同じ土地に住んでいても、100年前と現在では嗜好しこうが変わっています。伝統野菜、伝統料理を現代人に広く受け入れてもらおうとするなら、精神性やある程度の技法は守っても、味付けや調理法は現代風に変えていくべきです。
 フランス料理が長い間、世界中で評価され続けているのは、携わる人たちが目の前の素晴らしい料理を「守っていく」のではなく、「明日どうやったらもっとおいしくなるか」と考え続けているからです。伝統料理を守ることは、味、技法などを必ずしもかたくなに守るということではありません。地域に伝わる精神性や文化を大事にしながら、野菜などをもとに「これからの伝統料理」を、常に作り続けていこうという気持ちが大事ではないでしょうか。
 世界中にファンが多い寿司でも、カリフォルニアロールのような日本人から見れば異質なものがファンを増やしました。職人が心を込めて作れば、江戸前技法から外れているからといっても、食材のおいしさや魅力を引き出そうとする、その心が伝わらないということではないのです。
 伝統料理は地域おこしに直結させるのではなく、まずは自分たちで毎日おいしく食べられる方法を考えてほしい。そうすると、新しい技法が生まれてくると思います。

農業指導の二極化

 日本農業の発展にJAは非常に意義ある役割を果たしてきました。食料増産のために、単一品目を大量に生産することは時代の要請だったかと思いますが、画一的な農業を推奨し過ぎた面があると感じます。近年は直売所の設置などを通じて、多様な農産物の栽培も増えてきましたが、今後、JAの農業指導は、さらに二極化してはどうでしょうか。
 ひとつは一定の品質のものを安定的に供給するため。もうひとつは、少量多種でより上質なものを供給し、高い単価を目指すための指導です。地域の農家全員が単一品目を作るというより、300種類の野菜を年間を通して作るというイメージです。日本の豊かな気候風土は多様な品目に対応でき、まだまだ秘めた力があると考えます。
 JAのよりどころである相互扶助の心は熊本地震でも発揮され、全国から支援のマンパワーが入っていると聞き、非常に感銘を受けました。助け合いの心やネットワークが生かされていけば、日本人にとって、いい方向性で日本の食の新たな道が開けていくはずです。

たさき・しんや

1958年、東京都生まれ。ワインを勉強するため1977年にフランスに渡り、ブルゴーニュ、ボルドーのシャトー(醸造所)やブドウ畑で修業した。1995年、日本人で初めて「世界最優秀ソムリエコンクール」(第8回)で優勝。2010年、国際ソムリエ協会会長、今年2月に日本ソムリエ協会会長に就任。ワインを楽しく学ぶサロンのほか、国産食材を大切にするフレンチレストランや、山梨県産の食材とワインを味わえるレストランを運営。各地で地域活性化をテーマにした講演も行う。著書に『No.1ソムリエが語る、新しい日本酒の味わい方』など多数。

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