私のオピニオン
あさのあつこ

作家

岡山県美作市を中心に活動する、あさのあつこさん。地方経済の衰退を目の当たりにしてきました。“地域の活性化の鍵は、第1次産業の振興”と、JAや農業に携わる人たちにエールを送ります。

地方の魅力に気づくためには、いろいろな人生経験を積む必要があったのかもしれません。

農村風景が創造意欲をかき立てる

 人口数や所得額、財政力などの視点から近年、豊かさについて地域格差が指摘されています。これらの視点は豊かさの一端を示すものではありますが、価値観はひとりひとり違うので一言で言い表すのは難しいもの。都会には都会の、田舎には田舎の豊かさがあります。私にとって、ものを書いたり、生活したりしていく上で“豊かな地”とは、出身地で、現在も在住している岡山県美作みまさか市でした。
 景色は冬から春にかけて、茶色から少しずつ爽やかな緑色になり、やがて遠くから迫ってくるように濃い緑色に変わっていきます。初夏の夜に歩けば目の前をホタルが通り過ぎます。秋の田んぼに風が通り抜けると、稲穂が金色の光を放ちながら揺れます。鹿の鳴き声が聞こえて、竹林がざわざわしたりすることも。一瞬しかない風景、きらめきがあって、そういうものを見るたび聞くたびに、何か書きたいという衝動や書けるという希望が湧いてきますね。
 私の実家は農家ではありませんが、家の周りには水田や、ブドウ、桃といった果樹畑が広がっていて、農業はずっと身近な存在でした。あるとき、20、30代の男性が1人でトラクターを運転して畑を耕しているのを見かけました。すっと背筋を伸ばして、黙々と作業している姿が、すごく格好良くて、じーんときました。後に、中山間地にある農業高校を舞台にした小説『グリーン・グリーン』を書いたのは、こうした背景があります。小説には、日々表情を変える10代の姿も描き込んでいます。田舎の風景と、そこでたくましく生きる人々の姿が、私の執筆のインスピレーションをかき立てるのです。

都会への憧れが強かった10代

 実は私が地方や農業の本当の価値を認識するようになったのは、30、40代になってからです。働いたり、結婚したりと人生経験を積んで、いろいろな角度から物事を見る力がついてきたからでしょう。10代のころは都会に対する憧れが強く、「良いものは全て都会にある」「田舎にあるものは時代遅れ。その最たるものが農業」と、思い込んでいました。東京都内の大学に進学しましたし、そのまま都会で暮らすつもりでした。故郷に戻ったのは、たまたま岡山市の小学校に臨時講師として採用されたためです。
 都会に比べれば不便なことが多いし、最新の流行を体験できるような施設も少ない。教育の面でも、進学先や習い事の指導者が限定されます。都会の子どもは恵まれていると、やはり感じてしまいます。それでも、自分の子どもたちは大地を踏みしめる経験の中で育てることができて、良かったと思います。仕事でも、地方の中学校野球部をモデルにした小説『バッテリー』を世に出すことができました。時代小説の描写も地方で見る風景からイメージが湧いてきます。草むらにしとしと降る雨の景色や土の匂い、闇夜にふわっと舞うホタルの群れ――。都会はアスファルトやコンクリートに囲まれ、真夜中も人工の光があふれていて、本当の闇は見つからない。私は故郷に戻るべくして戻ったと思っています。

食農教育の充実を

 地方の暮らしに魅力を感じている人は、じわりと増えているようです。認定NPO法人ふるさと回帰支援センターによると、移住相談希望者は増加傾向にあり、2015年は2万1,584件と前年の1万2,430件から大幅に増えました。移住者といえば、かつては老後の生活拠点を探す定年退職者がほとんどでした。2015年で20、30代が45%を占めているのは、注目すべきことだと思います。私の身近にも、Uターン・Iターンして農業をしたいという方がいます。木工細工の職人として活動したいという方もいて、頼もしく感じています。
 こうした動きを後押しするためにも、食農教育を充実させてほしい。食育基本法が2005年に成立、施行され10年以上が経過しました。私の自宅まで、出版社の方に取材に来ていただくこともあります。田んぼでカエルを見て「ぴょんぴょん跳んでる!」と驚いています。稲の苗を植えたこともなければ、実った景色を見たこともない人は、まだまだ多いのです。英語教育も大事だと思いますが、自分の食べているものがどこで作られているのか、自動車のように工場で造られているんじゃないよ、ということを教えてほしいですね。

1人でできることには、限界があります。助け合いの精神で成り立つ組織は必要です。

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