私のオピニオン
西居 豊

一般社団法人「和食給食応援団」事務局長

料理人と一緒に学校給食で和食の普及に取り組む西居さん。農林水産業の振興には、「食卓と生産現場の距離を縮め、生産者の思いを知ってもらい、地道に応援団を増やすことが大切」と指摘します。

子どもの食べ残しを恐れずにチャレンジを。長く続ければ子どもの舌も味に慣れてきます。

和食文化や伝統の継承を目指す

「和食給食応援団」は全国約60人の和食料理人で構成し、学校給食を通じて和食文化や伝統の継承を目的に活動をしています。料理人の皆さんに学校給食向けの和食献立を立案してもらい、栄養士(栄養教諭、学校栄養職員)、教育委員会などの関係者に提示します。また、実際に学校に出向いて調理を実演しています。訪問先は料理人のお子さんが通っている学校や、お店のある地区内の学校を中心にお願いしています。
 本格的に活動を始めたのは2011年。2年後には「和食;日本人の伝統的な食文化」がユネスコ無形文化遺産に登録されたことがきっかけで、学校給食に和食献立を普及させることが農林水産省で事業化され、私たちの取り組みを後押しすることになりました。これまで61校に和食給食を提供し、学校や教育委員会の訪問は203回、講演会と食育授業の参加者数は1万3,308人。普及の手応えを感じています。

和食献立を作れない栄養士

 大学卒業後に勤めていたマーケティング会社が、農水省の「田舎で働き隊」事業を受託することになり、私は担当として都会の若者に農村で働いてもらうための橋渡し役をしていました。そのときに各地の農村を訪れ、荒廃を目の当たりにしました。同時にビジネスチャンスもあると直感しました。市場流通しにくい野菜も売り先を探せばお金になります。そこで、都会と農山漁村の結び付きをコーディネートして、農林水産業を盛り上げようと、「合同会社五穀豊穣ほうじょう」を設立しました。「援農」を目的に農村を訪れるうちに、農林水産業の方とつながりができるようになり、築地で産地と料理人をつなぐ卸の業務を行っています。
 和食給食の普及に取り組むきっかけは、お付き合いのある米農家の方が、お孫さんの通う都内の小学校で、米作りをテーマに出前授業できるようにコーディネートしたことでした。献立表を見てがくぜんとしました。ご飯食は週3回あったのですが、ジャンバラヤとかナシゴレンなど味付けされた世界の米料理ばかりで、白いご飯は2週間に1回程度。和食らしいものはほとんどありませんでした。その理由は「子どもが残す」ことに加えて、栄養士が和食献立を作れないからでした。
 近年、栄養士は多くのベテランが退職して、20代が多くなっています。一汁三菜といった和食になじみが薄い世代です。だから、国産食材を使用しても洋食の献立にするし、洋食なら子どもも喜んで食べ残しがない。「この悪循環を誰かが断たなければ、和食文化は廃れてしまう」。危機感が私を突き動かしたのです。

“やらず嫌い”の和食給食

 和食を作るのは手間がかかるし、難しいというイメージを持っている方は結構多いかと思いますが、決してそんなことはありません。“こつ”さえつかめば誰でも簡単に、おいしく作れます。実際に私たち「応援団」が学校で調理をすると、若い栄養士からは「意外と簡単ですね」という驚きの声が上がります。子どもたちは、白衣を着た料理人の包丁さばきに興味津々で寄ってきます。これまで訪問した学校では週5回のうち米飯給食は3.3回、和食と呼べる献立は1.8回というのが平均です。ところが、訪問後は、和食はだいたい3回に、米飯給食も3.8~3.9回まで高まっています。和食給食がないのは、“食わず嫌い”ならぬ“やらず嫌い”なのです。
 理想は、▽おいしいこと、▽季節に応じた多様な食材を使う、▽ご飯と汁を軸にした献立、▽年中行事と関連している、などです。でも、場合によっては、だしは作り置きしておけばいいし、質の良いものであれば既製品の調味料、加工品を使ってもいいと思います。大切なのは、残食を恐れずにチャレンジすること。続ければ子どもたちも味に慣れてきます。日本の風土の中で年月をかけて整えられた和食とは「自然の尊重」そのもの。学校給食で和食を普及する意義は、自然を尊重する心を育み、献立の背景にあるさまざまな「思い」を伝えることではないでしょうか。

和食給食とは、「自然を尊重する心」を育てること。消費拡大の場ではなく、教育です。

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