私のオピニオン
磯崎功典

Yoshinori Isozaki
キリンホールディングス株式会社代表取締役社長

小田原のミカン農家出身の磯崎功典さんは、社長業の傍ら今も休日に農作業を行い、「人生の大切なことはミカン畑で学んだ」と語ります。「ミカン栽培は企業経営に通じる」という経営理念や農業に対するおもいを伺いました。

ミカン栽培は企業経営に通じます。
剪定や接ぎ木で「人事の要諦」を学びました。

ミカン栽培は企業経営にも通じる

 神奈川県小田原市のミカン農家に生まれました。約500m²の畑には樹齢100年の木もあります。
 幼い頃から土と触れ合い、父親の農作業を手伝っていました。今から思うと、私は、山の斜面にあるミカン畑から多くのことを学びました。
 中学生のとき、父親が突然、病に倒れてしまいました。脳梗塞でした。管理する人がいなくなった畑は、あっという間に荒れてしまいました。「これはいけない」と思い、授業が終わると、すぐに帰り、近所の農家の指導を受けながら、一生懸命に作業をしました。鎌で雑草を刈り、のこぎりで余分な枝を落としました。ミカン栽培は、山の斜面で行う重労働で、肥料やミカンを運ぶ作業には車が必要です。周囲の農家に車を出してもらい、よく助けてもらいました。そのお返しに、農繁期には手伝いをしました。その後、父が懸命にリハビリをした結果、少しずつ働けるようになり、大学に通うことができました。農業を通して、助け合い、思いやり、人の情けの大切さなど、人生の大切なことを学び、人として成長できました。今でも休日にミカン畑で作業を行います。血がにじんだ当時使っていた農具を手にすると、汗みどろになりながら必死でやっていたあの頃の気持ちがよみがえります。
 剪定せんていは、人事や人材育成に通じる部分があります。古い枝だからと切って、若くて勢いがある枝を残しても駄目になることもあります。また、丈夫だがおいしい実をつけなかったオレンジの木に、不知火しらぬいを接ぎ木したところ甘い実を結びました。弱点のある人材には、そこが得意な人材を組み合わせれば良いなど人事の要諦にも似ています。ミカン栽培は経営に通じるのです。
 ミカン畑に子どもや孫が集まって、汗を流して農作業をし、みんなで食事をする......。自然と一家だんらんの場ができて、家族の絆を再認識できます。一方で、日本の農業がグローバル競争に勝つには、家族農業の大切なものを守りながら、“農業の産業化”に取り組まなくてはなりません。
 農業が職業として魅力的になるには、生活が成り立つ収入を得られるようにすべきです。働いた分に見合う見返りが必要です。「農業が面白い、やりがいがある」と分かっている若者はたくさんいます。やりたい人に対する障壁を取っ払い、参入しやすい環境を整えるべきです。JAには、意欲ある若者を後押ししてほしいです。

長期的な視点で、震災復興に取り組む

 2011年3月11日の東日本大震災で、キリンビールの仙台工場(仙台市宮城野区)が被災しました。床には泥が積もり、ビールタンクの倒壊、津波による製品の流出、電気関連施設の浸水などにより、復旧には約60億円が必要な状況でした。国内のビール需要の縮小が予想される中、社内では撤退という案も出ました。しかし、撤退すると周辺の製缶メーカーや物流会社にも影響が及び、地域の雇用を失ってしまいます。東北はホップの産地でもあります。短期的な利益よりも、長期的な視点に立って、東北の皆さんへの恩返しとなる工場再開は復興の第一歩になると考えました。再びおいしいビールを届けるため、懸命に頑張りました。2011年11月、再開した工場で被災後初めて、岩手県遠野市のホップを使った「一番搾りとれたてホップ生ビール」の出荷にこぎ着けました。工場再開は、復興に向けた景気づけにもなり、とてもうれしく思いました。
 仙台工場の再開と並行して、被災地の農家や水産業者を支援する「復興応援キリン絆プロジェクト※」を2011年7月に立ち上げました。社員が現地に赴き、弊社が培ってきたマーケティングや商品開発のノウハウを提供しながら、地域の方々とともに復興を進める取り組みです。
 2011年から2012年にかけてJAグループと連携して約400台の中古農業機械の再利用を行い、被災した農家の農業再開を支援しました。2013年からは、取引先を紹介するなど販路の拡大や6次産業化に力を入れています。例えば、宮城県のJA南三陸の「気仙沼茶豆」を系列のレストランで扱い、ブランド化を後押ししました。今後の被災地支援は、こうしたソフト面も重要になります。
 農業を継承する人材の育成も大切です。被災地域の農業高校や農業科の学生に、返済義務のない月3万円の奨学金を給付しました。東京の市民大学「丸の内朝大学」の協力のもと、農業者が異業種の人と学び合う場を用意するなど、新しい地域や農業の形を生み出すお手伝いをしています。
 震災からの復興は進んでいますが、今でもなお、深い傷跡を残している現実もあります。とりわけ福島県の農業関係者の思いは切実です。2012年のJA全農の「TACパワーアップ大会」で、「食を通じた地域との共生」をテーマに基調講演を任されました。質疑応答のときに、若い女性から「福島県は、果物王国と呼ばれています。しかし、風評被害で梨も桃も全然売れません。キリンの力でどうにかなりませんか」と、涙ながらに訴えられたのです。福島県のJAの職員でした。それから、缶チューハイの商品「氷結」に福島県産果物を使うことを決めました。放射線量は、国の基準よりも厳しいキリン独自の検査基準を作り、検査の機械を導入し、安全を確認しました。2013年に和梨を使った「氷結」を期間限定で発売し、2015年からは桃を使用した「氷結」を通年販売しています。放射能汚染という風評被害に悩む福島の農産物のイメージを変えるのに少しでも役立ちたい。あの時の悲痛な声に、微力ではありますが、応えることができて、ほっとしています。

地域と一緒になって課題解決に取り組むことは、企業の持続的成長に欠かすことができません。

※「復興応援 キリン絆プロジェクト」の詳しい取り組みに関しては、http://www.kirin.co.jp/csv/kizuna/をご覧ください

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