私のオピニオン
藤原辰史

Tatsushi Fujihara
京都大学人文科学研究所 准教授

人文科学の視点から、私たちの命と直結する「食と農」の現状に警鐘を鳴らす藤原辰史さん。JAには、農家が「ディグニティ」(尊厳)を持って生きていけるようにすることを望みます。新自由主義を信奉する多国籍企業の農業技術に依存せず、時間をかけてでも日本農業が真の意味で独立する必要性を訴えます。

「効率と利潤の追求」に支配された「食と農」を見直さなければ、私たちの命が危機に瀕します。

危機的な状況にある私たちの「食と農」

 人間の命を育み、支える「食と農」は、地球規模で危機にあり、文明史上初めてと言ってもよい深刻な状況にあります。このまま何も対策を講じなければ、私たちの「食と農」は崩壊し、命の危機にひんする切迫感を覚えます。今こそ、真剣に「食と農」を考え、農業のやり方を変えない限り、取り返しのつかない事態になってしまいます。
 島根県奥出雲町の農家で育ち、実家の米作りを手伝いました。帰省すると、以前住んでいたときよりも人口が減少し、少し元気がなくなっていることを実感します。私の故郷に限らず、日本の農村では、伝統的な食文化や、在来種も少しずつ消えつつあり、地域社会の個性が弱まってしまうのではと危惧しています。全てをスムーズに市場につなげようとする新自由主義。これによる農業改革が幅を利かしていますが、農村の現状を考慮すれば、いかに現実とかけ離れた政策であるかを理解することができます。
 20世紀の農業史をひもとくと、「食と農」が「効率と利潤の追求」にゆっくりと支配されてきたプロセスが浮かび上がります。それが危機的な状況にまで陥った今こそ、「化学肥料と農薬に依存した農業」を問い直す必要に迫られているのです。3つのキーワードを通して考えてみましょう。
 まずは「微生物」です。植物が土壌の微生物を飼い慣らし、根から栄養素を取り入れる土壌領域(根圏)があります。ところが、効率的に収量(利潤)を上げたいと、化学肥料を多投したことで有用な微生物を失い、圃場ほじょうの土が痩せてしまいました。「効率と利潤の追求」によって、化学肥料の投入と土壌劣化を繰り返す悪循環に陥ったのです。分かったことは、時間がかかっても有機肥料で微生物を増やすことでしか土壌はよみがえらないということです。また、人間は1,000兆もの腸内細菌(微生物)によって免疫系が保たれ、病気を防いでいます。しかし、抗生物質による医薬品で有用な腸内細菌まで殺しているのです。人間と微生物の共生を無視した農業と医療を進めたことが、食物アレルギーや自己免疫疾患を引き起こしたという人も増えています。これらは、私たちの「食と農」が危ういというシグナルであり、“地球の悲鳴”だと見るべきでしょう。
 次は「農産物(品種)の単一化」です。多国籍バイオ企業が化学肥料や農薬を効率良く販売するため、農作物の品種を絞り込み、世界中に普及させています。単一の品種を栽培することで、遺伝的に農作物の多様性を失うことになります。もし、強力な病原菌がまん延すれば、壊滅的な打撃を受けることは、100万人以上が亡くなった19世紀のアイルランドのジャガイモ飢饉ききんにあるように歴史的にも明らかです。
 最後は「フードシステム」です。鳥インフルエンザは、ウイルスが感染しやすい状態で鶏を飼育しているシステムに要因があります。病気にならないためワクチンや抗生物質が大量に投与され、薬漬けになっています。家畜の飼育方法や食べ物の作られ方が、根本的におかしくなっているのです。BSEや腸管出血性大腸菌感染症などの「食と農」の問題を解決するには、家畜の大規模飼育という「フードシステム」そのものにメスを入れなくてはもはやどうにもなりません。

アメリカと多国籍企業に握られた胃袋

 ドイツの農学者アルブレヒト・ダニエル・テーア(1752~1828年)は「農業の目標は、利潤をもたらすことである」と語り、現在の農業経済学の思想につながっています。まずは、この点から問い直さなければいけません。「効率的に農作業をしたい」という願いが、20世紀の農業技術を飛躍的に発展させたのですが、同時に戦争のあり方も変えました。効率良く大量に兵士を殺すため、第一次世界大戦においてトラクターは戦車に、化学肥料は火薬に転用されたのです。ちなみに戦時中に使用された毒ガスは、戦後、平和利用の名のもと農薬になりました。一見、関連性のない「戦争と農業」は、「効率の追求」でつながっています。人間を生かすための農業技術の発展は、人々の争いを加速させ、死をもたらす“矛盾”を抱えたのでした。
 アメリカ農業の歴史を検証することなく世界の「食と農」は語れません。20世紀のアメリカ農業は、余剰穀物を売りさばき、価格調整することにずっとエネルギーを注いできました。そして、国連を介して、飢餓に苦しむ国に食糧援助を行う「ギフト」戦略を構築したのです。飢餓撲滅と人道面で評価されたのですが、食生活をアメリカ型に変え、新たな穀物の輸出先を生みだす“巧妙な仕掛け”でもありました。また「ギフト」戦略は、「農産物の単一化」と「化学肥料と農薬に依存した農業」をセットで持ち込み、援助という美名の下に、アメリカと多国籍企業が活動しやすい場所を世界中に広げたのです。「食と農」は、「国を支配する道具」にもなるのです。
 日本も第二次世界大戦後、アメリカから余剰小麦が輸入され、パン食が普及しました。戦後の日本は、アメリカと多国籍企業に胃袋を握られてきました。米と遺伝子組み換え穀物をブロックするJAは、新自由主義の先鋒せんぽうであるアメリカの穀物メジャーにとって邪魔な存在で、強い圧力を受けています。まさに今が正念場。日本の「食と農」は、瀬戸際にあるのです。JAが新自由主義の改革を受け入れながら、生き残りを模索することは、“悪魔”に右腕を差し出すようなもので、次は左腕を求められ、最後には、全身を喰くい尽くされるのです。妥協は一見、安全と思われますが、とても危険なのです。

新自由主義の勢力から圧力を受けるJAにとって、まさに今が正念場。日本の「食と農」は、瀬戸際にあります。

藤原辰史先生からもう少し考えたい人のための4冊を紹介していただきました。
デイビッド・モントゴメリー、アン・ビクレー『土と内臓』(築地書館)/ロブ・ダン『世界からバナナがなくなるまえに』(青土社)/
ポール・ロバーツ『食の終焉』(ダイヤモンド社)/阿部彩『子どもの貧困Ⅱ――解決策を考える』(岩波新書)

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