私のオピニオン
谷村志穂

Shiho Tanimura
作家

恋愛小説の名手である作家の谷村志穂さん。北海道で生まれ育ち、「厳しい自然と向き合う人たち」を書きたい“強い想おもい”があります。フロンティアスピリッツにあふれた「パイオニア」の新しい考えや挑戦を認め、実現への方策を検討することで、農業と地域の魅力が高まり、未来への「扉」が開かれると語ります。

農村の自然環境と向き合いながらその土地に根付いて生きる人たちの“想い”に触れたい。

作る人の雰囲気を映し出す日本のリンゴ

 北海道札幌市で生まれ育ちました。「志穂」という名前はペンネームではなく本名です。稲穂が実る時季に生まれたこともあり、両親が「穂」を使った名前を付けてくれました。どこを歩いていても、稲穂の実った光景には心がかれます。ご飯も大好きです。
 子どもの頃、よく祖母が住む函館に遊びに行っていたのですが、青函連絡船で運ばれたリンゴの木箱が函館駅に積まれていた様子や、駅前の市場に飛び交う津軽弁はうっすらとですが覚えていますね。津軽海峡を渡ってきた外地からの収穫物に「よく来たね」と、子ども心に“親しみ”と“愛いとしさ”を感じていたような気がします。
 2015年10月から2016年4月までの半年間、リンゴの魅力にあれこれ迫ったエッセー「りんごをかじれば」を青森県の『東奥日報』に連載しました。2016年3月の北海道新幹線開業に向けて、海を挟んで隣の函館にゆかりのある私に青森名産のリンゴをテーマにした作品をつづってほしいと依頼を受けました。これまで北海道・南茅部みなみかやべを舞台に昆布漁の漁師に恋をして、結婚する女性を描いた『海猫』(2002年)や、三重県・志摩半島を舞台に海女の少女と神社の神職を務める青年との恋愛物語である『いそぶえ』(2014年)など、漁業や漁村を題材にした小説を手掛けたことがありますが、農業に触れていったのは、リンゴにおいてが初めてでした。農村の自然環境と向き合いながら、その土地に根付いて生きる人たちの“おもい”に出会える機会になるといいなと思いました。
 リンゴって、誰もが絵に描きたくなるような、完成されたデザインですよね?姿かたちがかわいらしく、存在感があるのに、派手に自己主張することもなく、とても奥ゆかしい。海外を訪れた際にも、現地で収穫されたリンゴを食べるようにしていますが、日本のリンゴには、作る人の雰囲気が映し出されていると感じます。真面目な優等生、作り手のこだわりを感じます。
 子どもの頃、風邪を引いて、熱が出たりすると、母親がすりおろして食べさせてくれたなど、誰の心の中にも「思い出」がある食べ物です。リンゴは、人の“想い”を乗せて書くことができる題材だと思います。
 執筆に着手するにあたり青森県の農家や研究所を取材し、多くの人に会わせてもらいました。青森には、リンゴに関わる重層的なプロフェッショナル集団が構成されていることを知りました。ずっと忘れていましたが、私の理科系心はまだなくなってはいなかったようで、リンゴを生態系からとらえる話や新しい品種が生まれた物語など、気が付いたら、夢中になっていました。リンゴのことを語るそれぞれの専門家の人たちの表情や言葉が優しくて、忘れられません。本になるまでに約30種のリンゴを食べましたが、品種の違いだけでなく、農家の栽培方法や創意工夫によって、同じ品種でも味覚が違うことを実感しました。
 また収穫するときのリンゴの冷たさにも驚かされました。昔は朝露などで手や腕が荒れて大変だったそうです。秋の果物というイメージがあったので、北国の厳しい寒さの中で、収穫しているとは想像できませんでした。知るとより愛おしさの増すリンゴです。時代が変わっても、人の手でひとつひとつ収穫されるリンゴであると、生産現場からもっと情報発信してもらえるのは、本当は、食への理解を深めたい消費者にもありがたいことだと思っています。

信じること。子育てに似ているリンゴ栽培

 青森には「のりんご」という言葉があることを三村申吾県知事から教わりました。青森でリンゴ栽培が始まって、今年で約140年がたつそうですが、県民それぞれにリンゴに対する「愛情」と「こだわり」があります。農家を訪れるたびに、新たな発見があります。皆さん、日々、樹木と「対話」しながらリンゴを育てていますね。「袋掛け」「枝の剪去せんきょ」「葉とり(摘葉)」など、収穫されるまでの作業にも自分のやり方があることを理解できました。そこから人生観や、これまで歩まれてきた時間までが見えてくる気がしました。整然としている園地を見ると、愛情のこもった手入れをされているのが分かります。
 私も日々、執筆に取り組んでいます。「小説とリンゴ」と対象は異なりますが、「ものづくり」という感覚は似ていました。それでも、小説は、執筆中や脱稿後に手直ししていくことが許されますが、リンゴは、失敗したら取り返しがつきませんよね。50年栽培される方ならば、チャンスは50回しかありません。1年(1回)の失敗のダメージが大きく、リンゴ栽培は、時に賭けのようでもある。収穫を迎える頃、農家の心の中には、きっと期待と不安が入り交じるのでしょうね。手塩にかけたリンゴが、病害にやられる、または台風によって全て落下してしまい、出荷できない年もあったなどの話は、想像するだけで無事を願う気持ちに変わっていきました。収穫までの長い過程において、少しずつトライアルもしながら一年中、取り組む農家の姿勢に、同じ「ものづくり」に携わる者として、敬意と共感を抱いています。
 私には16歳の娘がいますが、リンゴ栽培は、子育てにも似ていると思います。対話しながら、どこまで樹木や子どもが持つチカラを信じてあげることができるのか。育てる人が試されているようですね。
 北海道大学農学部で応用動物学を専攻し、ネズミなど小動物を研究対象に生態学と少し向き合いました。大学院進学も考えていたのですが、落第生です。しかし、森鷗外の孫である指導教授から「論文は面白いけれど、科学者には向いていない。作家になったらどうですか」と諭されたのも冗談みたいなきっかけになって、いつしか書き始めていました。生態学の実用化は簡単ではないでしょうが、ずっと関心はあって、最近は弘前市のフクロウを用いた農家の取り組みに、注目しています。リンゴのをかじるハタネズミの食害対策に、もともとの生態系を生かし、天敵のフクロウを呼び込み、営巣してもらう。駆除用の忌避剤を使わないで、大幅に被害を減らしたそうです。青森や長野でも巣箱設置が増えており、農家の風景としても美しい。環境への貢献も大いに望めますね。

リンゴ栽培は、「賭け」のようなもの。収穫まで徹底的に取り組む農家の姿勢に敬意と共感を抱きます。

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