私のオピニオン
井手英策

Eisaku Ide
慶應義塾大学経済学部教授、財政学者

共働きでも世帯収入は落ち込み、多くの国民が未来に不安を覚えています。全ての人が安心できる社会をつくるため、財政学者の井手英策さんは、「人とのつながり」「相互扶助」「連帯」の大切さを力強く説きます。JAは、地域の助け合いの中心を担うことで、尊敬と信頼を得て、生き残ることができると語ります。

日本は確実に貧しくなっています。「経済成長」と「自己責任」を前提にしたモデルは、もう無理です。

弱者同士が傷つけ合う社会

 ショッキングなことがありました。雑誌の取材で訪れた東京都心の高級ホテルの宿泊客が外国人ばかりだったからです。フロントの方に外国人の割合を聞くと7割ぐらいだと。私たちにとって“高根の花”の高級ホテルでも、外国人にとっては、割安なのです。日本人の所得が劇的に減っていった20年の間に、アジアを中心に多くの国で、所得が増えているので、世界から見ると日本は“安い国”になってしまった。少し前、日本人が途上国に行くと、良いホテルに泊まれると言っていましたが、その感覚に近づいているのです。
 日本人が最も豊かだったのは、20年ほど前で、今や世帯収入は300万円未満が33%、400万円未満だと47%です。夫婦2人で働いても400万円に満たない。そこから税金が引かれると、手取り三百何十万円。これで普通の暮らしができますか?子どもを2~3人育て、学校に通わせて、老後に備え、家を買うことができるかと言われたら、絶対に無理です。家計の貯蓄率も、1997年から急激に減少しています。収入を貯蓄に回すことができなくなり、2人以上世帯の3割、単身世帯の5割が貯蓄ゼロです。貧しいとされる一部の人だけでなく、大勢の人が生活防衛に必死で、不安におびえているというのが現実です。
 しかし、自分のことを「貧しい」と思っている人は、内閣府の調査によると、たった4.8%しかいません。日本の相対的貧困率は15.6%なので、普通に考えると、15.6%は貧しい人がいるはずです。つまり、ギリギリのところで「中間層で踏ん張っている」と信じたい人が大勢いるというわけです。自分が貧しいことを実感できず、現実の暮らしぶりは、ずっと落ちていく。日々の暮らしに追われ、不安におびえながらも、自分のことを「助けてほしい」とは言わない。その代わりに「お金をもらって、ずるい」と、生活保護利用者など弱者に対する憤り、ねたみの感情が引き起こされる。「救われる人」が憎くてたまらなくなり、バッシングしてしまう。追い詰められた弱者がさらなる弱者を虐げて、留飲を下げているようにしか見えません。所得階層間に分断線が入り、不安を抱える者同士がさげすみ、憎むという「社会の闇」が生まれているのです。

税の使い方、分配を変える

 弱者に対する優しさを失うことは、仕事や暮らしが、本当に“しんどい”ことと背中合わせなのです。私たちは、今、立ち止まって、「誰もが不安から解き放たれるためには、どうすればいいのか」を考えねばなりません。僕は、このままでは社会が崩壊してしまう、と恐れています。
 日本経済が昔のように劇的に成長することは期待できません。論理的にも明白です。経済成長の要因である労働力人口は間違いなく減少し、多くの企業が海外に拠点を移し、かつてのような設備投資を行うことはあり得ません。最後の期待は、イノベーション(技術革新)ですが、そんないつ起きるか分からないことに頼ることはできません。経済成長を前提にした社会モデルはもう無理なのです。
 2020年の東京五輪を前にして経済成長の過渡期である今のうちしか、全ての人が安心して生きていける社会をつくれないと考えています。経済成長による増収でなく、みんなで受益と負担を分かち合う「財政」を構築するしかありません。税の使い方、分配を変えるのです。
 医療や介護、子育て、教育など、人生のさまざまな局面で、誰もが必要とするサービスの費用が、不安のタネになっています。それを個人で背負うことなく、みんなで支え合い、安心して生きていける社会をつくることが「財政」の基本的なあり方です。
 これまでは、医療費、介護費、子どもの教育費などの出費は、家庭の貯蓄で賄ってきました。「自己責任」で将来に備えるモデルですが、家庭の貯蓄が大きく減少する中、すでにこのモデルは破綻してしまったのです。
 貯蓄と税は、表裏一体です。「暮らしの安心」を貯蓄で確保するか、税で満たすかの違いです。これまでの日本は貯蓄がないと不安な社会でした。しかし、これからは、必死で貯蓄に励みながら、不安におびえるのではなく、貯蓄を財政に託し、税で社会の蓄えを増やし、所得階層で区切ることなく、あまねくサービスを提供していく。困っている人に限定することなく、財政で全ての人の暮らしの安心を保障することで、誰もが支払った税のメリットを感じるようにすべきです。
 収入が増えるわけではありませんが、暮らしに伴う出費を大幅に軽減できます。例えば、税金をもとにして、幼稚園・保育園の利用料や大学授業料を無償化し、医療・介護の自己負担を減らせば、将来の不安がなくなり、私たちは、安心して生きていけるようになるのです。
 そのためには、お金がかかり、税金が増えるのは当然です。これまでは、主に高所得層と中間層が負担していましたが、低所得の人にも応分の負担をしてもらいつつ徹底的に生活を支える。全ての人に恩恵のある施策を行えば、弱者への憤り、ねたみも抑制され、「社会の分断」は解消できます。

全ての人が受益者になれる「財政」につくり変えることが、不安を解き放ち、「社会の分断」を解消します。

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