人とつながり、連帯することで、私たちは幸せになれるのです。「支え合って暮らす社会」をつくりたい。

「助け合いの領域」が小さ過ぎる

 僕の理想は、たとえ、貯蓄がなくても、みんなで支え合って、暮らせる社会です。不安を個人で背負わず、痛みを分かち合い、サービスを受ける財政にするのです。大事なのは不安から解き放たれること。そうなれば、過剰な貯蓄をする必要がなくなり、安心して消費にお金を回せるようになり、経済が刺激されます。さらに、サービスの拡充で、幼稚園や保育園の先生(保育士)や、介護職員などの雇用が充実します。
「財政」という仕組みは、仲間同士の助け合いで、「無尽むじん」「頼母子講たのもしこう」のような村落の相互扶助を社会全体で行っていくもの。みんなで税金を払いながら、政府が必要なサービスを提供する巨大な共同事業です。しかし、日本社会には、個人が自立して自己責任で生きていかねばならないという規律がかなり強く、国の財政には、村落の相互扶助が反映されなかった。生活保護など、お上のご厄介になるなんて努力を怠った堕落した人間だとさえ考えられた。社会と財政、共に「助け合いの領域」が小さ過ぎるのです。そこに今の日本の“しんどさ”があると思います。
 そのことは、生まれた家の経済状況で、進学や就職、結婚など人生のあらゆることが決まってしまうことと通じています。それを自己責任だと突き放す冷たい社会でいいのでしょうか。あまりにも理不尽です。社会の中に公正さを埋め込み、たとえ、経済的に恵まれなくても、誰もが自分の生き方を選択できるようにすることが大事なのではないでしょうか。

相互扶助の伝統に立ち返る

 日本はこれまで3度の人口減少期がありましたが、歴史的に見て、人口が減り始めると、人間は連帯するようになります。人口が減少すると生きていくことが困難になるので、みんなが助け合い、連帯していくという動きが自然と起こるのです。例えば、江戸中期から後期にかけて、飢饉ききんに備え「備荒貯蓄」という助け合いの制度が誕生しました。これからの日本は人口が減っていくので、間違いなく何らかの助け合いや連帯の仕組みをつくることになると思います。
 連帯というと、正義や道徳のためという印象がありますが、そうではなく、生きていくため、暮らしていくために連帯するのです。私たちは、連帯しなければ幸せになれない時代に向かっている。どんなにしんどくても、助け合わないと生きていけない。今こそ、相互扶助の伝統に立ち返るときなのです。
 政府が巨額な債務を抱え、本来ならば、暮らしを豊かにするためにある財政の機能は不十分です。これからの日本は、財政に加えて、民間企業とコミュニティーによる助け合いの3者が混然一体となって、“あの手この手の総力戦”を行い、暮らしを支えていくことになるでしょう。
 財政の機能不全の隙間を埋めるため、多様な人たちが手を携えようとしています。総力戦のコーディネーターの役割を担うのがJAじゃないかと思います。JAは農業団体ですが、医療、介護をはじめ暮らしを豊かにする総合的な機能を有しています。農業分野に引きこもることなく、地域に必要なサービスを満たすことに努めてもらいたい。そうすることで、尊敬、信頼といったお金に換算できない価値(ソーシャルキャピタル)を得ることができます。もし、JAに何かあったとしても、地域住民は、必ず皆さんを支持してくれるはずです。

いで・えいさく

1972年、福岡県久留米市生まれ。シングルマザーの母や障がい者の叔父らに囲まれ、愛情を注がれて育つ。人々は助け合って生きていくことを学ぶ。東京大学大学院経済学研究科博士課程を単位取得退学。日本銀行金融研究所、東北学院大学、横浜国立大学を経て、2009年、慶應義塾大学経済学部准教授、13年から現職。15年『経済の時代の終焉』で第15回大佛次郎論壇賞を受賞。17年、神奈川県小田原市の「生活保護ジャンパー問題」を検証する有識者会議「生活保護行政のあり方検討会」で座長を務める。著書に『18歳からの格差論』『財政から読みとく日本社会』『大人のための社会科』(共著)など。妻と3人の子どもで小田原市に居を構える。「自然の豊かさを実感し、地域の人々と関わりながら、ぬくもりのある理論を考えたい」

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