私のオピニオン
ロバート キャンベル

Robert Campbell
国文学研究資料館長、日本文学研究者

テレビのコメンテーターを務める姿が印象的なロバート キャンベルさん。江戸の文学を学ぶため来日以来、日本暮らしは30年を超えました。過去の人が創り、次世代に継承した文学から学ぶことの大切さを説き、今を生きる人たちの「ヒント」にしてほしいと願っています。

分野を柔軟に横断する日本文学を学ぶ喜び。
現場での地道な研究の積み重ねが「理論」を導きます。

日本文学研究者としての“旅”

 私は、アメリカ・ニューヨーク市で生まれました。高校の頃、ダンスをしていたとき、仲間から日本のカルチャーが面白いと聞き、興味を持ちました。カリフォルニア大学バークレー校1年生のときには、日本美術の授業をとって日本文化をもっと知りたくなり、まずは日本語を学びました。ボストンのハーバード大学大学院で日本文学を研究し、1985年、27歳のとき、九州大学文学部に研究生として留学するため、福岡市内に居を構えました。それから福岡で11年間、東京で20年余り、日本で暮らしています。
 来日した当初は、2年で帰国してアメリカで教壇に立つつもりだったのが、今、国文学研究資料館(東京都立川市)の館長を務めているのも、福岡での最初の数か月の間に、指導教授から渡された江戸の文人が書き残した10種類の学者評判記の板本に糸口があります。文化文政期の江戸文壇で、文人たちが自分の作品をどう批評し合ったのかに興味を持っていた私にとって、文献を読み進めるうちに文人たちの声がリアルに響き合うような感覚を覚えることには、大いなる発見と喜びがありました。
 その後、文献の残る地方の蔵などを訪れ、丹念に読み解くことで、アメリカで学んだ文学理論を超えた現実に直面し、足場が崩れていくのを感じました。例えば、天保の大飢饉ききんに関する書物では、「何を食べたらいいのか。どう調理すればいいのか」といった防災マニュアルでありながら、「飢餓の歴史」も記されるなど、文学の土俵にありながら、分野を横断する内容になっていて、それまでは、目に入らなかったテーマも研究の対象になり、境界が曖昧になったのです。理論ありきだったのが、文献を読み、エビデンス(根拠)を積み上げることで、おのずと論旨が見えてくることを学びました。日本の現場には、理論を超えた圧倒的な説得力があったのです。九州大学の専任講師に決まったことで、アメリカには帰らないと決心し、私の日本文学研究者としての“旅” が始まったのです。

江戸の料理を復刻してみたら

 国文学研究資料館では、明治時代以前の書物「古典籍」を現代に生かすプロジェクトに取り組んでいます。2017年10月、約8万点の古典籍をデータベースに公開しました。お堅い研究所が何をやっているのか知ってもらうため、「食」に関する研究を精力的に進めています。昨年9~10月には、百貨店の三越伊勢丹とコラボレーションして、江戸時代に庶民の間で人気を博した料理本をひもとき、14品の江戸料理を復刻しました。
『万宝料理秘密箱』のレシピに基づいて作った「吟醸粕漬ぎんじょうかすづけ玉子」は、濃い味の酒かすにゆで卵を5日間漬け込んで熟成させたもの。100種以上の豆腐料理を収録した『豆腐百珍』に載った「角飛龍頭かくひりゅうず」は、豆腐や魚肉を蒸し固めて揚げたもの。世俗事典『守貞謾稿もりさだまんこう』に書いてある「ホシザメのハンペン」など、いずれもとても好評で、完売御礼でした。現在ほど物資が豊富とは思えないこの時代に、限られた食材でこれほどおいしく見た目も鮮やかな料理があったことは驚きでした。江戸の料理本は、レシピ集の範疇はんちゅうにとどまらず養生訓や処世術などの読み物としても楽しめました。
 江戸・元禄期以降は、庶民の暮らしが安定したことで、「食」は人の命を育む「糧」としてだけでなく、心を豊かにする文化としての花が開き、今の和食のルーツになりました。
「食」は和牛のサシのように文学の世界に充満していったのです。私の好きな漢詩人・柏木如亭かしわぎじょてい(1763~1819年)は、遊歴の食道楽、まさに「食べる達人」で、各地で口にした美味珍肴ちんこうの思い出を、その土地、その季節の追憶とともに書き連ねた『詩本草』は、「口腹の書」としても魅力的な1冊です。

江戸のサバイバル・マニュアル

 震災や津波、噴火などによって日常の何もかもが崩れたときでも、庶民が臨機応変に対応し、必死に生き延びてきたことが、江戸の書物から読み解くことができます。
 一夜にしてやってくるのではなく、徐々に被害が拡大する飢饉に備えるため、編さんされたのが「救荒書きゅうこうしょ」で、保存食や代替食が列挙され、緊急事態における食の「サバイバル・マニュアル」でした。戯作げさく者の畑銀鶏はたぎんけい(1790~1870年)の『御代乃宝みよのたから』では、黒ゴマの団子が保存食として推奨されています。彼は上野こうづけ(現在の群馬県)の藩医で、黒ゴマを使った代替食品は栄養価が非常に高いことを知っていたのです。
 江戸の庶民は、とてもたくましかった。現代に生きる私たちにとっても、災害に対する備え、発生後の対応など、学ぶことはたくさんあります。生き抜くための自在な知恵が、江戸の書物からはいっぱい読み取れます。

災害に備える現代人にとって、たくましく生き残った江戸の庶民から「知恵」を継承し、生かすことが大切です。

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