過去も現在も人の悩みの本質は変わりません。本の世界に浸ることで、今を生きる「ヒント」が見つかります。

「緩やかな公共」と風土の中にいること

 農村の祭事は、みんなが同じ時間、場所に集い、願い、ことほぎ、感謝し、祝祭する「緩やかな公共」と言えます。例えば、夏越なごしは、集落が一体となって、夏を健やかに過ごすことや豊作を祈ります。
 農業は「逆算の文化」と言えます。茶摘みや稲刈りなど収穫という目標から逆算して作業を計画、実践する中で、私たちは、人々と渡り合いながら、生きる意義を見つけていくのです。こうしたことが、日本のあらゆる表現、芸術、舞台など文化の大本になっているのです。
 哲学者の和辻哲郎(1889~1960年)は『風土 人間学的考察』において、風土は単なる自然現象ではなく、人間が自己を見いだす対象であるとしました。仕事で地方に行くことが多いのですが、都会では体感できない圧倒的に美しい風景やおいしい食材に感動します。その土地が持つ空気感、方言など風土が重ね合わさることで、いとおしい風景が生まれることを、年齢を重ねることでやっと実感できるようになりました。
 JAは農業生産だけでなく、地域の祭事や文化的な催事を支えてきました。農業と異分野をつなぐ、触媒となって地域文化を盛り上げてほしいです。

文学は「人生のエッセンス」

 最後に、文学の魅力を述べたいと思います。古い時代に書かれた書物を「自分には関係ない」と思うかもしれませんが、実は大切なのです。世界が混沌こんとんとしている今だからこそ、過去の書物から学ぶべきこと、参考になることはたくさんあります。そこに書かれていることは、かつての知恵で、今を生きる人たちの「ヒント」になるのです。
 時代が変わっても人の悩みの本質は大きく変わりません。過去の人たちがどういう苦労をして、悩んで、乗り越えていったのかという「心の軌跡」を知り、共感することで、自らが抱える悩みを相対化し、自身を俯瞰ふかんして見つめることができるのです。良い書物は、淘汰とうたされずに次世代に継承されます。文学には、練り上げられて、人から人に伝わってきた「人生のエッセンス」があるのです。
 東日本大震災後、「ブッククラブ」という読書会を宮城県の鳴子なるこ温泉郷(大崎市)の避難所で開き、本を読んでお話をする空間をつくりました。短めの小説を読み切るのですが、数十人の避難者と1冊の本を通じて、つながっていくことを感じました。初めはかたくなだった方も、本の世界に浸ることで、不安やつらい気持ちを口にするようになりました。
文学は、生きるために必要な「心の平安」や「希望」をもたらす力を備えているのです。
「人生に、文学を」と提唱しています。本を読むことは、湯治のようなもので、自分の世界に浸ることで、感性を磨き、価値観を変えることもあるのです。過去だけでなく、現代の作家の作品もお薦めです。NHK大河ドラマ『西郷どん』の原作者である林真理子さんは、膨大な資料を読み込み、史実を基に丹念に積み重ね、新しい西郷像を描きました。日本経済新聞で連載中「愉楽にて」は、取材で得た情報をたくみなストーリーに仕上げ、注目の的になっています。
「本離れの時代」と言われていますが、JAの役職員や農家の皆さんには、もっと、気軽に本を読んでいただいて、文学の魅力を楽しんでほしいです。まずは、近所の本屋さんや図書館をのぞいてみませんか?

ロバート キャンベル

アメリカ・ニューヨーク市生まれ。日本文学研究者。カリフォルニア大学バークレー校卒業。ハーバード大学大学院東アジア言語文化学科博士課程修了。1985年に九州大学文学部研究生として来日。国文学研究資料館助教授、東京大学大学院総合文化研究科教授などを経て2017年4月から国文学研究資料館長。編著書に『ロバート キャンベルの小説家神髄』『Jブンガク英語で出会い、日本語を味わう名作50』など。公益財団法人「鎮守の森のプロジェクト」を支援している。好物は、フルーツサンドイッチ。日本に来て、初めて食べてみたらおいしかった。旬の果実が3つ以上、入っているのが望ましい。

ロバート キャンベルさんが館長を務める「国文学研究資料館」の展示室には、各地の古典籍を撮影した約8万6,000冊の資料が並びます。一般開放もされています(入館料無料)。国文学研究資料館HP https://www.nijl.ac.jp/

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