私のオピニオン
油井亀美也

Kimiya Yui
JAXA宇宙飛行士

国際宇宙ステーションに142日間滞在した、JAXA宇宙飛行士の油井亀美也さん。長野県川上村のレタス農家に生まれて、農作業の手伝いの合間に眺めた満天の星が宇宙への夢を育みました。宇宙への挑戦、夢の軌跡をたどりながら、諦めないで頑張り続けることの大切さを語っていただきました。

仲間の思いを“先読み”して動く。宇宙飛行士に必要なチームワークは農作業の手伝いで養いました。

宇宙飛行士としての「原点」

 高原野菜の産地として有名な長野県川上村のレタス農家に3人きょうだいの末っ子として生まれました。上の2人は姉で、長男として「農家の後継ぎ」を期待されていたのですが……その話は後ほどに。
」の名前にある「亀」のように、おっとりしていたそうですが、人手が必要な収穫のときは家族総出で取り組むので、子どもも立派な働き手として期待されていました。そのため、物心がついたころから農作業の手伝いが日課でした。
 収穫したてのレタスの切り口が赤く変色しないよう乳状の液を拭き取ったり、葉に付いた泥を払ったりしました。学校から帰ると毎日、出荷用の段ボール箱を作り、成長して腕力がつくと、等級別に箱詰めにされたレタスを運び出し、トラックに積み込んだりしました。子どもであっても、任された仕事をやり遂げることは当然で、しっかりやらないと家族に迷惑が掛かってしまう。もし、不良品を出荷してしまったら川上村の産地としての評判にも関わるので、両親からは「自分の仕事に責任を持つように」と、厳しく指導されて育ちました。しっかりやらないと怒られたものです。
 さらに、指示されたことだけをやっていては駄目で、両親が考えていることを子どもなりに“先読み” して動くことも大事でした。例えば、箱詰めの作業ならば、箱の数を把握し、足りなかったら補充する。収穫するレタスの大きさに合わせて、どのように箱の間隔をとれば、より多く効率良く詰められるか、考えながら配置するといった具合です。子どもにとっては厳しく、忍耐が必要でしたが、今になって思えば、宇宙飛行士に必要なチームワークは、農作業の手伝いで養われたと思います。この“先読み” して行動することは、宇宙飛行士に限らず社会人としても基礎的な能力だと思います。
 子どものころの大変な話ばかりしました(笑)。でも、私にとって、故郷の川上村で過ごした日々が、宇宙飛行士としての「原点」なのです。深夜から早朝にかけての収穫作業の合間、頭上には数え切れないほどきれいな星々が輝いていました。心が弾みました。夢中になって夜空を眺めるうちに「宇宙はどうなっているのか」と、ロマンや不思議を感じるようになり、「宇宙のことを知りたい。宇宙に行きたい」と憧れが膨らんでいきました。宇宙を学ぶのに欠かせない物理や数学の本を読み、小学校の卒業文集に「学者になって火星に行く」とつづりました。中学生になると、「何だろう」と疑問を持ったことに仮説を立て、実証の実験を行うなど、夢に近づくためにも、自ら進んで勉強しました。

助け合い、協力することが大事

 父親は農業を継いでもらいたかったようです。しかし、「宇宙に行きたい」という夢を絶つことはできませんでした。家庭の事情もあり、防衛大学校に入学したのですが、「ここは天文学者や宇宙飛行士を養成するところではない」と指摘され、大いに悩みました。落ち込む私を見かねた4年生の先輩から「今ある目の前のことを一生懸命やることで、何かしたいと思ったときに可能性が広がる」と励ましてもらったことで、吹っ切れました。防大を退学していたら宇宙飛行士になっていなかったと思います。先輩の一言で、夢を諦めることなく、つなぎ留めることができたのです。卒業後、航空自衛隊に入り、戦闘機パイロットになりました。そして、アメリカでは、高度な操縦技術を有する空軍のテストパイロットが宇宙飛行士を目指していることを知りました。宇宙への夢を手繰り寄せるため、志願して自衛隊のテストパイロットになりました。それから6年経過した2009年、宇宙航空研究開発機構(JAXA)による宇宙飛行士候補者の募集に応募し、試験をくぐり抜け、国内初のパイロット出身として選抜されたとき、39歳になっていました。
 宇宙飛行士になりたいという目標があったので、厳しい訓練でも、決して辞めたいと思うことはありませんでした。それでも「壁」はありました。40歳になって初めて学んだロシア語の習得はかなり苦労しました。なかなか上達せず、「もう宇宙に行けないかもしれない」と悩みました。そこで、ロシア語を「好き」になる方法の仮説を立て、実証してみました。教科書で文法を学ぶのではなく、言語はコミュニケーションに用いるものなので、訓練地のモスクワで積極的にロシア人に話し掛け、会話したところ、楽しくて、めきめきと上達しました。
 6年間に及んださまざまな訓練は、大変なことばかりで、いろんな人に助けてもらいました。おそらく、1人だったら、苦境を乗り越えられなかったと思います。その経験から、改めて、人間は協力し、助け合うことが大事だと理解できました。子どものころの農作業を振り返っても、家族や農協、地域の人たちが力を合わせ、助け合ったからこそ、おいしいレタスを収穫でき、たとえ、台風などの悪天候の被害に遭っても、何とかやっていけた。多くの人が協力すれば、力を発揮できることを学んだのです。

多くの人が助け合い、協力するほど力を発揮するのが人類です。どんなに大きな問題でも解決できます。

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