私のオピニオン
中邑賢龍

Kenryu Nakamura
東京大学 先端科学技術研究センター教授

学校になじめない子どもたちに「学びの居場所」をつくっている中邑賢龍さんは、悩んでいる子どもと保護者に伝えたいことがあります。「変わっていても大丈夫。このままでいいんだよ」。農業は教科書で学べない知識と体験を得られる教育現場として、農村などに子どもを集める「アカデミックリゾート構想」を語っていただきました。

とがった異才がつぶされずに能力を発揮し社会で活躍できるようにしないと、日本は立ち行かなくなります。

学校になじめない子どもを育て上げる

「うちの子、普通じゃないかも」と感じ、悩んでいる読者の皆さん。これから私が話すことがお子さん、お孫さんを育てるヒント、考えるきっかけになればと思っています。
 学校で「みんなと違って、変わっている」とされたり、教室に居場所がなくても、大きな可能性を秘めた子どもたちに自分に合った「学びの居場所」をつくるため、東京大学先端科学技術研究センターと日本財団で「ROCKET(ロケット)」というプロジェクトを2014年に立ち上げ、4年が経過しました。小学3年生から中学3年生までを対象に公募し、現在、4期生で合計92人が学んでいます。「卒業」はなく、大人になるまで支援を続け、学校になじめず自分の世界に入り込んでしまった子どもたちを育て上げる試みです。
 一日中、家でロボットを作り続けている子、キノコを採集・観察して、博物館に寄贈した子、漢字が書けずテストは苦手だが、自給自足を目指して農業に取り組む子、小説家を目指し、小学生の文学賞を受賞した子、1日何十枚も絵を描き、個展を開いて画集を出版した子など、理系・文系問わずさまざまな“異才” がいます。東大のキャンパスに集い、起業家や芸術家、研究者など、さまざまな分野で活躍するトップランナーの講義や、個人がやりたいこと、興味のあることを申請して、独自の学びに挑戦しています。後で紹介しますが、農業や食をテーマにしたプログラムもあります。

“突き抜けた人”がつぶされる日本社会

「ROCKET」は、ユニークで能力のある子どもたちが、大人になっても“変わっている” ことが認められ、学校や会社などの集団につぶされることなく活躍できる社会を実現するためのプロジェクトです。
 私は35年間、大学で人間支援工学というバリアフリーの研究をしました。テクノロジーと環境を整備することで身体障害者の能力を最大限、引き出すことができることを学びました。その過程で、障害者でなくても、社会に適合できずにうまく生きることができない人に多く出会いました。今の日本は、空気が読める協調性のあるオールマイティーな人が社会を支えています。企業の国際競争力が立ち行かなくなっているのは、社員が学力検査で優秀な人ばかりと人材が同質化しており、アップル創業者のスティーブ・ジョブズのような“突き抜けた人” が、子どものころに学校から排除され、つぶされてしまっているからだと思います。0から1を生み出すイノベーションを起こすのは、変わっているけれど、才能がとがっている人です。高い能力を持ちながらも、バランスが悪いため、受験や進学で挫折するなど、集団の中で生きるのが大変な子どもがたくさんいて、傷ついていました。
「ROCKET」のメンバーの中には、読む、書く、計算など特定分野の学習がうまくできない「学習障害」の子どもが多くいます。ワープロ入力ならば素晴らしい文章を書けるのに、ペンをとって書くことが苦手な子や、数学が天才的でも日本語や英語の読み書きができない子もいます。字を書きながら人の話を聞くのが苦手な子は、学校の授業中、集中すると、教室の中を歩き回ってしまうこともあります。その方が授業をよく理解できるからなのですが、先生にとっては奇抜な行動で、言うことを聞かないわがままな子としか映らず「変なことをするな!」と叱られ、責められてしまいます。同級生にもいじめられるようになり、自分に自信を持てず不登校になってしまいました。このような子どもたちを支援し、徹底的に好きなことをやらせ、リアリティーに基づく疑問と気付きを積み重ねることで、たくましくなるよう導きたいと思っています。

自信を持てる「学びの居場所」を

 真の知識は体験の中から見いだしていくものです。「ROCKET」では、体を動かし、街や村を歩き、人や物を観察する実証主義に基づく学び方を教えています。普段の生活の中には物が満ちあふれ、お金を出せば何でも買えますが、それを得るために何ができるのかを考え、あえて手間をかけて体験することで物を作る人のすごさを理解することができるのです。
 例えば、「解剖して食す」という授業では、生きているエビやイカを子どもたちに渡したこともあります。もみ付きの小麦をどのように製粉するかをテーマにしたとき、子どもたちがたどり着いた結論は、石臼を使うことでした。すりつぶすと全粒粉になりますが茶色なので、ふるいにかけてやっと白い小麦粉になります。朝から晩まですりつぶし続けても、わずかな量しか取れません。昔は、小麦粉が貴重品で、庶民はブラウンブレッドしか食べることができなかったと知ります。パンを調理するのは家庭科ですが、理科や歴史の学習へと広げていけます。教科を分けて勉強をするのではなく、具体的な活動を基に学ぶ場をつくっています。学校での教科書と時間割による一斉指導は効率的ですが、子どもに制限をかけています。教科書がなければ、一つの答えを求めて同じものをつくるのではなく、一人一人全く違うものができます。過程で失敗するかもしれませんが、そこで学び、考え、知識を得られるのです。
 学校がつらければ、行かなくてもいい、という雰囲気が社会に出てきました。しかし、受け入れてくれる「学びの居場所」が多くありません。そこで、不登校や障害のある子どもも関係なく、小中学生が、全国好きな所に行って好きなことが学べる「アカデミックリゾート構想」を考えています。自治体や企業・団体と連携して「学びの居場所」を提供するのです。例えば、ある町では「小麦粉の好きな子ども集まれ!」、別の村では「かぼちゃの好きな子ども集まれ!」と呼び掛けます。そこに行けば、農家や職人などその道のプロフェッショナルな大人の授業が受けられるわけです。変わっている子どもはマニアックで、学校では周囲と話が合わず孤立し、ばかにされ、自分に自信を持てないでいます。そんな子にとって、プロはすごい、上には上があると知り、そして、同じ趣味の仲間がこんなにいるのかと実感するだけでも癒やされ、自尊心を抱くようになり、自分を取り囲む壁を突き抜けようとします。
 一人で知らない土地を訪れるのは勇気が要りますが、その不安を乗り越え、能動的に学びを求める自律的な力を育てることが大切だと思います。どんな状況でも自立して生きられる子になってほしい。
 多様性と言いながら、学校教育は子どもの個性を無視しています。無理やりに一つの箱に入れるのではなく、異なる「学びの居場所」をつくるようにしないといけません。これは大人の責任です。
 農業は机の上では学べない自然科学や生物学やコミュニケーションスキルを子どもたちが学びとる価値の高い教育現場になります。子どもにとって農業が遠い存在になっている今、「アカデミックリゾート構想」を通じて、子どもの農業に対する関心喚起が期待できます。夢のような構想と思うかもしれませんが、大人がやる気になればできます。JAの皆さん、子どもたちのために一緒にやりませんか。

買うのでなく、あえて手間をかけて体験することで、子どもたちは物を作る人の「すごさ」を理解できます。

文部科学省の調査では、2016年度に1年を通じて30日以上登校しなかった不登校の児童数は、小学校3万1,151人(1,000人当たり4.8人)、中学校10万3,247人(同30.1人)で、いずれも1,000人当たりで過去最多になりました。

2012年の調査によると、全国の公立小中学校の通常学級に在籍する児童生徒のうち、発達障害の可能性がある小中学生が6.5%、推計で約61万人に上り、35人学級に2人程度の割合。学習障害(LD)の可能性は4.5%、注意欠陥多動性障害(ADHD)と見られる児童生徒は3.1%としています。

ページトップへ