私のオピニオン
村木厚子

Atsuko Muraki
元厚生労働事務次官、津田塾大学客員教授

「人は励まされるだけでなく、誰かを支えることで自分を奮い立たせる」。元厚生労働事務次官の村木厚子さんは、身に覚えのない容疑で164日間、勾留されて実感しました。「ダイバーシティー」を尊重して、女性、若者、障がい者など、あらゆる人たちが「居場所と出番」を得て、尊厳を持って働くことのできる社会を目指しています。

人は一瞬にして「支えられる」立場になります。生きていく上で、人に助けを請うことは決して恥ずかしいことではありません。

「誰かのために」とおもうこと

 厚生労働省の局長だった2009年6月、身に覚えのない容疑で逮捕され※1、164日間、大阪拘置所に勾留されました。一夜で人を「支える」側から「支えられる」側になったのです。検察の筋書きに沿って「犯人」として報道される中、「信じているから頑張れ」という家族や友人のメッセージを受けて、私を信じる人がこんなに大勢いて、大切なものは何も失っていないことを確信できました。でも、支えられるだけでは、取り調べに耐えられるのだろうか、いつまで勾留が続くのだろうか、と先が見えない境遇を受け止める自信がありませんでした。しかし、2人の娘の将来のためにも諦めないで、今ここで頑張らないといけないと気付いたとき、「私は罪を犯していない。大丈夫」と力が湧いてきて、検察に妥協せず真実を貫き通す自信を持つことができました。人は支えられるだけでなく「誰かのために」と想うことで強くなり、自らを奮い立たせることができるのです。「娘のために」が心の支えになり、厳しい取り調べも乗り越えることができました。検察の主張を覆す決定的な証拠を発見したこともあり、2010年9月、無罪判決を勝ち取ることができました。逮捕から1年3か月、冤罪えんざいの苦しさに翻弄ほんろうされた日々でした。
「人は励まされるだけでは元気が出ない」をはっきり自覚したのは、復職後、内閣府政策統括官として、東日本大震災から1か月後に福島県の避難所を訪問したときのことです。復興担当大臣に随行すると、私の姿を見つけた皆さんが、「村木さん、大変だったね。無罪で良かったね。頑張ってね」と励ましてくれました。優しさに感激しながらも、励ましに来たはずが逆に励まされて、恥ずかしいやら、きまり悪かったのです。さわやか福祉財団会長の堀田力さんに話すと、「避難所の人たちはずっと励まされ続けてきたが、村木さんを励ますことで、元気になったに違いない。人は励まされるだけでは元気になれない。良いことをしましたね」と指摘され、はっとさせられました。「支えるだけの人」も「支えられるだけの人」もいないという、拘置所で感じたことを、堀田さんは言葉にしてくれました。
 自分は「支える」側だと思っていても、病気やけがなど、人は一瞬にして「支えられる」立場になるのです。生きていく上で、人に助けを請うことは決して恥ずかしいことではありません。また、人間はどんなにつらい立場にあっても、「誰かのために」自分にできることをすることで「幸せ」を感じることができるのです。誰もが、誰かに支えられ、誰かを支えている。まさに「共生社会」です。
 厚生労働省で障がい者政策や女性政策などに携わり、さまざまな人の「居場所と出番」をつくるために働いてきました。SDGsの17の目標のうち目標5の「ジェンダー平等」、目標8の「ディーセント・ワーク」に該当します。私たちの働き方をどう変えれば、性別による不平等がなくなり、女性、若者、働くことにハンディを抱えた人たちに「働きがいのある人間らしい仕事」を実現することができるのか。皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

多様な人材と「包摂的な成長」

 世界では多様な人材を巻き込んだ「包摂的な成長」の重要性が認識されています。2014年、豪州で行われたG20労働雇用大臣会合では、女性や若者、障がい者に「良い雇用環境」を与え、その能力を社会を支える側に巻き込んだ国だけがリーマンショックからいち早く立ち直り、かつ持続的に成長したことが確認されました。弱肉強食の競争ではなく、格差を解消しながら、多様な人材を社会の支え手にして経済活動を構築できる国が持続的に成長するという考え方が「包摂的な成長」です。
 多様な人材を巻き込むには、コストがかかるように見えます。例えば、子どもを持つ女性が仕事を続けるには、ワーク・ライフ・バランスやフレックスタイムなど柔軟な制度が必要になるのですが、調整に一定の時間がかかっても結果的にはその組織の生産性が高まることが分かっています。
 少子高齢化で労働力が減っている日本では、「支え手」を増やすためにも、女性や高齢者、障がい者が支える側にならなければなりません。多様な人材が自分に合った働き方で能力を発揮し、生き生きと活躍する必要があるのです。しかし、日本の組織は同質性が高く、新たな変化に対応するのが苦手です。長時間労働をいとわない男性中心の仕組みをがっちりつくり込んでしまったので、多様な人材を取り込む柔軟性がないのです。体育会のようなメンバーが“あうん” の呼吸で分かり合える組織は、思考停止に陥り、忖度そんたく蔓延まんえんし、コンプライアンス違反など不祥事が起こるリスクも大きい。同質性は“強み” だったのですが、今や変化への対応を阻む“弱み” になっているのです。外からの刺激を取り入れ、女性役員が多い企業は、比較的業績が良く、多様な人材が活躍できる「ダイバーシティー」(多様性)が成長の原動力になっています。組織に変革をもたらすには、「ニューカマー」(異分子)を積極的に受け入れることが大切です。

「ダイバーシティー」が持続的な経済成長の原動力に。「ニューカマー」を積極的に受け入れることが大切です。

※1 2009年6月、郵便料金不正事件で虚偽有印公文書作成の容疑で逮捕・起訴され、164日間勾留された。
2010年、大阪地裁で無罪判決が確定。その後、大阪地検特捜部による捜査資料改ざん・隠ぺいが発覚した。

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