私のオピニオン
坂村健

Ken Sakamura
東洋大学 情報連携学部(INIAD)学部長

世界のあらゆる電子製品に使用されるコンピューターの基本ソフト「TRON」を開発したINIADの坂村健学部長は、「ICT」の発展で日本社会が不可逆的に変貌する中、「JAは危機感を持たないと、近い将来、存在できないかもしれない」と、「変わる勇気」を持つ覚悟を求めます。「デジタル時代のJAの生き残り策」を伺いました。

モノがネットにつながり連携する「IoT」
「社会の自動化」の実現で「働き手不足」を乗り越えます。

人間が行う作業を自動化する「IoT」

 「IoT」という言葉を見聞きしたことがあるかと思います。「Internet of Things」の頭文字で、直訳すると「モノのインターネット」。自動車や家電などあらゆるモノにコンピューターを組み込み、モノ同士がネットでつながって、人間生活や社会活動を支援する考え方です。
 具体的なイメージとしては、ネットにつながったモノの制御。例えば、スマートフォンをリモコン代わりに使いモノを操作する。目が不自由でもスマホに音声入力し、声でエアコンをつけられるなど、「IoT」は低コストで障がい者の生活をサポートできます。農業の世界でも、ハウス栽培では、センサーを使い、温度や湿度などのデータを集め、室内の寒暖に応じて、窓を開閉して空気を循環したり、ヒーターを稼働させるなど、収穫率を上げるような環境制御が自動でできます。
 これまで人間が行ってきたことを「自動化」「省力化」できるのが「IoT」によるイノベーションで、先進国が共通して抱えている少子高齢化による働き手不足という「難題」を乗り越えられる可能性が出てきました。
 今やコンピューターやインターネットなしに社会が動かなくなっているのですが、それは1989年(平成元年)、アメリカが軍事ネットワークだったインターネットを民間に開放したことから始まります。私は、あらゆるモノにコンピューターが入り、ネットワークにつながる「ユビキタス・コンピューティング」を構想していたので、モノの中に入れるマイクロコンピューターの基本ソフト(OS)TRONトロンを1984年に開発しました。無料で公開されるオープンなシステムで、メーカーから多くの若手研究者が集まり、当時、東大助手だった私は実用化を目指す「TRONプロジェクト」を立ち上げました。

喫緊の課題である「社会の自動化」

「TRON」のオープンシステムがインターネットの開放性と相性が合って、産業機械、自動車、家電、携帯端末などに使用されるなど、プロジェクトの成果が上がりました。スマホの電波制御部にも「TRON」が使われています。基本ソフトのシェアは約60%で、2018年、電気電子学会(IEEE)の電子機器の制御プログラムの国際的な技術標準「IEEE2050」に採択されました。
 また、宇宙探査機「はやぶさ2」をはじめJAXA(宇宙航空研究開発機構)が開発した「はやぶさ」や「H2Aロケット」のエンジンを制御するコンピューターに「TRON」が搭載されています。話が横にそれるのですが、コンピューターの研究者の道を志すようになったのは、高校3 年生だった1969年、アポロ11号の有人月面着陸の成功の立役者として、コンピューターが大きな役割を果たしたことを知って、触発されたからでした。「TRON」が日本の宇宙研究に貢献していることは、誇らしく、とてもうれしい限りです。
 モノがネットにつながり連携する「TRON」のコンセプトと採用実績が評価され、2015年、ITU(国際電気通信連合)150周年記念賞(6 人)の1人として受賞しました。世界的に「IoT」の重要性と可能性が注目されているからです。
 半導体の技術が驚異的に発展したこともあり、1989年のネット開放から30年かけて、コンピューターの性能は1,000倍以上、ネットの通信速度は1万倍と飛躍的に向上し、価格と消費電力は劇的に低くなりました。スマホが主役となり、世界的にもデジタル通信網が充実するなど、ネット環境が整ってきたことに加えて、既に述べましたが、少子高齢化が急速に進む先進国にとって、「IoT」を導入して「社会の自動化」を実現することが「喫緊の課題」となっています。日本でも自動運転やフィンテック、行政手続きの電子(デジタル)化など、多くの人が恩恵を享受できるイノベーションの創出が求められています。

「社会を変える勇気」を持つとき

 しかし、日本はカイゼンは得意でも、「IoT」を導入して社会を変えるイノベーションは得意ではありません。
 アメリカでは「DX」(ディーエックス)と呼ばれる「Digital Transformation」(デジタルトランスフォーメーション)の概念が浸透しており、今ある社会プロセスをゼロから見直し、デジタル化で作り直すことを考えられるので、「IoT」によるイノベーションが創出され、シェアリングエコノミーなどパラダイムシフトを起こす土壌があるのです。
 日本は旧来のやり方を「断捨離」できずに「足し算」になってしまい、せいぜい「少しずつ移行」という悠長な手法です。「変更」でなく「追加」なので、プロセスが二重、複雑化し、「IoT」によるメリットを得られず、コストと手間が増えるばかりです。顕著なのが行政の電子化で、いまだにマイナンバーカードの普及率は13%程度です。「変更」は何かをやめることで、「過去のしがらみ」や「仕事が奪われる」といった抵抗が伴います。そのための「マインドセット」──「変える勇気」が求められているのです。
 「変われない」日本のお手本になるのが、バルト3国の人口約130万人の「小国」エストニアです。隣接するロシアの脅威から独立を守るには「国力を高めるしかない」という国民の危機感から、2000年、社会システムを効率的に運営する「eエストニア」構想を掲げ、政府や民間の手続きをデジタル化して、「世界最先端IT国家」と評される改革を成し遂げました。それを可能にした「マインドセット」には、専門家に限らず、国民の誰もに「ICT(Informationand Communication Technology)」(情報通信技術)の教養が必要ということで教育改革を開始し、2012年には初等教育(小学校)からのプログラミング授業を始めました。読み書きと同様に「ICT教養」はエストニア人の基礎力となりました。教育は確実に国力に影響する一方で結果を得るまでに時間がかかりますが「ICT教育を受けた」世代が社会に出てくるようになり、デジタルによるシステム改革に抵抗がなくなり、イノベーションがどんどん進むようになったのです。
 義務教育での「ICT 教育」の導入は世界の潮流で、日本も遅ればせながら、2020年から小学校でのプログラミング教育が必修化されます。私も論より実践で、2017年から東洋大学情報連携学部「INIADイニアド※1」の学部長として若者たちにこれまでの「IoT」や「TRON」の研究成果を基に最先端の「ICT」を教えています。「世界最先端IT国家」に追い付くためにも、プログラミング的な思考のできる人材を育成して、日本の社会の「マインドセット」の「変革」を進めていきたいです。

近い将来、「JAは必要ない」と言われないためにも、今こそ「変わる勇気」を持つ覚悟が問われています。

※1 INIAD=「文芸理融合」がコンセプトで、エンジニアリング、デザイン、ビジネス、シビルシステム(公共)の4コース。
校舎は全ての設備がネットにつながる最先端のIoTビル。https://www.iniad.org/

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