私のオピニオン
中村朱美

Akemi Nakamura
国産牛ステーキ丼専門店「佰食屋ひゃくしょくや」店主、株式会社minitts代表取締役

「理想の会社をつくろう」と、1日100食限定の国産牛ステーキ丼専門店を創業した中村朱美さん。「業績至上主義」に疑問を覚え、売り上げを減らしても持続できる経営の「仕組み」を構築しました。誰もが幸せを諦めない社会にするため「人生を丁寧に生きる働き方」を提言しています。中村さんと「幸せに働くこと、生きること」について考えました。

「従業員の働きやすさ」と「会社の経営」の両立、
理想のホワイトな会社への挑戦。

いつかの夢を「今」やろう!

佰食屋ひゃくしょくや」を始めたとき、「私が働きたいと思える理想の会社をつくろう」と決意しました。なぜ、そのように至ったのか、まずは、創業のストーリーからお話しさせていただきます。
 転機は結婚した27歳のときです。大学卒業後5年半、専門学校の広報を担当しました。ばりばり働き、責任ある仕事を任され、やりがいを感じていました。しかし、役職が上がるにつれて残業や出張も増えて、大きな業績を上げても、給料はあまり変わりませんでした。プライベートでは、夫婦互いに忙しく、すれ違いの毎日で、子どもが欲しかったのですが、不妊治療もうまくいきませんでした。そんな日々を送るうち、見えないストレスに苦しめられるようになり、心身がすり減ってしまいました。
 仕事は本来、人生の目的でなく、幸せに生きるための手段です。たとえ転職しても会社員の働き方のままでは、子どもを授かっても「子育てと仕事を両立できない」と考えるようになりました。家族との時間を大切にするため、転職ではなく、思い切って起業を決断したのですが、私には「切り札」がありました。それは料理が得意な夫が作る「国産牛のステーキ丼」で、「最後の晩餐ばんさんに食べたい」と思えるほどの絶品なのです。夫の定年後、カフェを開くのが夫婦の夢でしたが、「いつかの夢を『今』やろう!」と、不動産会社に勤務する夫を巻き込むように、2012年11月末、貯蓄500万円を元手に夫婦で「佰食屋」を創業したのです。夫婦の理想である「家族みんなそろって晩ご飯を食べること」を実現するためにも、「従業員が働きやすい会社」と「会社として成り立つ経営」を両立させる仕組みを目指すことになりました。

「過酷な労働の現実」を変える

 普通の経営者ならば「もっともうけること」を考えます。でも、会社の売り上げがどんなに伸びても、お客さんが来れば来るほど、しんどくなって、従業員の気持ちに余裕がなくなったら、何の意味もありません。どんなにもうかっても「自由な時間」がなければ、人は幸せになることができません。そこで、もうけも時間もどちらも諦めない絶妙なバランスを考え抜いたところ、1食1,000円(税別)の国産牛のステーキ丼を「1日100食を売る」ことで、10坪14席の小さな店舗でも経営が成り立つと結論に至りました。営業時間は11時から14時半のランチのみ、ものすごく忙しくなりますが100食を売り切ったら営業終了で、どんなに売れてもそれ以上は絶対に売らないのです。
 経営者の欲と保身のため、従業員の給与と時間を搾り取って、売り上げを追い掛ける「業績至上主義」に以前から強い疑問を抱いていました。父は昔、ホテルのレストランのシェフで当たり前のように夜遅くまで仕事をしていたので、少女時代、家族そろって過ごす時間を持つことができませんでした。そんなこともあって、社会人になってからは、頑張って働いても賃金が上がらず、長時間労働で疲弊してしまう日本の「過酷な労働の現実」を変える「願望」を強く抱くようになりました。経営者を束縛する「常に右肩上がりを目指す」という成長思想が正しいのか、いつか「真逆の手法」で検証してみたかったのです。
 佰食屋の創業では、ブラックな飲食業界において、あらかじめ売り上げの上限を決めることで、従業員に業績アップを求めず、心身を疲弊させないホワイトな「仕組み」をつくることに挑戦したのです。仕事や家庭でもう十分に頑張っている人に、もっと「頑張れ」と追い込むのではなく、「仕組み」で幸せに働いてもらいたい。私の「ささやかな革命」が始まったのです。

不安にしつぶされそうになって……

 佰食屋は、広告宣伝の費用を使わないで、その分を材料費に充てています。安心して食べてもらいたいので防腐剤や添加物なしの食材を使い、業界平均30%を大幅に超える原価率50%の「高い商品力」には自信があります。しかし、道のりは平たんではありませんでした。開業当初は客足が伸びず、夜まで店を開けても、1日20食程度。恐ろしいほどの早さで通帳の数字が減りました。ジリジリと追い込まれるようで、不安に圧しつぶされそうなところを夫が「大丈夫や。絶対来てくれる」と、励まし続けてくれました。とても心強かったなぁ。夫がそばにいてくれなければ、諦めていたかもしれません。
 そんな日々が1か月ほど続いたとき、ブログやネットの「おいしい」という好意的な書き込みがキッカケとなり、20食が50食、70食と、クチコミで次々と伸びていきました。翌年3月、テレビに紹介された翌日、初めてランチだけで100食に届き、それ以降、地震や台風など自然災害を除き完売が絶えない人気店になることができました。どんなに苦しくても商品力だけは一切の妥協をしなかった結果だと思っています。現在、4店を運営していますが、黒字と赤字を行ったり来たりです。でも、それでいいのです。お金をもうけるのではなく、佰食屋の経営を持続させることが目的だからです。
 今では「佰食屋モデル」として、飲食業界で一目を置かれる立場になりましたが、起業前には中小企業支援の専門家から「うまくいくわけない」と酷評され、悔しさに震えました。しかし、飲食業界の経験がなく、ましてや経営の素人だったからこそ、業界の常識を覆して「ささやかな成功」を収めることができたのだと思います。この従業員が幸せに働けることを最優先にした「仕組み」に経営者の私が救われることになるのです。

「頑張れ」でなく「働く仕組み」で人を幸せに、
過酷な労働を変える「ささやかな革命」。

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