私のオピニオン
ハロルド・ジョージ・メイ

Harold George Meij
新日本プロレスリング 代表取締役社長兼CEO

流ちょうな日本語を話し、紳士なたたずまいが印象的なハロルド・ジョージ・メイさんは、一貫して日本でビジネスのキャリアを築き、「プロ経営者」として手腕を発揮してきました。メイさんが社長を務める新日本プロレスは、今や「デジタル」と「グローバル」で洗練された「コンテンツ企業」に変貌しました。IPとSNSを駆使してピンチをチャンスにした復活の物語にJA経営のヒントを探りました。

暗黒時代のピンチをチャンスに
デジタルで「コンテンツ企業」に変貌

スマホ観戦とSNSでプロレス復活

 皆さんはプロレスにどのようなイメージをお持ちでしょうか。レスラーの激闘にマニアの男性ファンが熱く血をたぎらせたのは遠い昔の話です。総合格闘技にファンを奪われた2000年代の暗黒時代を経て、2012年にIP※1やエンターテインメントに強いブシロードが新日本プロレスの経営権を取得し、構造改革によって観客動員数は6年間で3倍以上の46万8,000人になり、男性ばかりだった客層は今や4割が女性、1割が子どもで、試合会場にはファミリーで楽しむ人が増えています。女性ファンは「プ女子」と呼ばれ、人気復活の象徴的な存在となっています。
 人気復活がスマホの普及と軌を一にしているのですが、これは偶然ではなく、動画配信によるスマホ観戦のマーケティングとツイッターなどSNSによる情報発信が従来のファンだけでなく、これまでプロレスを見たことのない人の心をつかんだことで、新しいファンを開拓したのです。ネットやSNSとの相性の良さが高い相乗効果を生み出し、試合のチケットやグッズを売るアナログの興行ビジネスから様変わりして、デジタルによる「コンテンツ企業」の道を歩んでいるのです。
 従来のイメージとは異なる変貌を遂げている新日本プロレスですが、改革に伴う戦略はプロレスとは直接関係のないJAの経営にも役立つことがあると思います。それは私が経営者として、プロレスをプロレスとして見るのではなく、テクノロジーの発展、政治や経済の動向など、世界の大きな潮流を見据えて経営のかじ取りを行っているからです。まずは、私がプロレスの魅力にき付けられた8歳の「原体験」からお話を始めましょう。

「好きになるキッカケ」を仕掛ける

 まだ戦後の闇市の跡形が残る1953年、屈強な外国人レスラーを倒す力道山は、街頭テレビの出現とともに国民的な英雄となり、日本人に活力をもたらしました。プロレスから「前を向く力」を与えられたのは、48年前、父の仕事に伴い家族と来日した少年時代の私も同じでした。日本語が分からなかったので、言葉では表せないほどつらい思いをしたのですが、そんな私を励ましてくれたのがテレビで見たプロレスでした。格闘は人間の本能で、技の応酬や力の対決は言葉が分からなくても楽しむことができました。この原体験があるからこそ、格闘技が好きになり、そして、プロレスの魅力は言葉や文化、国境という壁を軽々と越えられると思うようになったのです。
 新日本プロレスは1970年代、80年代、テレビのゴールデンタイムで試合が放送されることで人気を得て、企業としても発展したのですが、あくまでもテレビ局に「放映してもらう」という受け身の姿勢で、放送時間が深夜に移行してからは徐々に人気が低迷し、経営も厳しい暗黒時代が続くことになるのです。しかし、2012年にブシロードの子会社になったことで、ピンチをチャンスにして、観客動員と売り上げをV字回復※2させたのです。2014年12月から始まった新サービス「新日本プロレスワールド」(月額999円)で試合をネット配信し、マスメディアに取り上げられないのならば、SNSなどを使って情報を発信するなど、自ら攻めのデジタル戦略に打って出たのですが、これが功を奏し「ゲームチェンジャー」となったのです。スマホの普及に伴う動画配信とSNSが、普段プロレスを見ない人との「接点」になり「好きになるキッカケ」を戦略的に仕掛けられるようになりました。ライバルはゲームや映像などスマホで楽しめる全てのコンテンツで、限られたスマホの利用時間を振り分けてもらえるかが課題になっています。スマホを駆使したデジタルによる「好きになるキッカケ」について、詳しくお話しします。

デジタルと共に独自の進化を遂げる

 選手(レスラー)はそれぞれ得意技やキャラクターなどがあり、個性的で一人一人にファンがいます。そのため直接ファンと交流できるSNSとの相性が良いのです。数多くの選手がツイッターアカウントを取得して、選手個々のブランド化を目指しています。猫が好き、犬が好き、スイーツが好きなど、リングの外での素顔を見せることも効果的で、親近感を抱き、より選手に感情移入できるようになり、好きになって、もっと応援したくなるのだと思います。新日本プロレスの公式ツイッター(日本語)には39万人のフォロワーがいます。ファンの方々もマスメディアから情報を得られる機会が少なかったので、早い時期からSNSから情報を得ることに慣れています。ファンのSNSを活用する能力が高いこともあり、プロレスはデジタルと共に独自の進化を遂げているのです。試合の動画配信を見ながらツイッターでファン同士がつながり、「今の技はすごい」や「痛そうだ」など、試合と同時に「つぶやき」を楽しむのも人気になっています。ファンは単に観戦するのではなく、クラブ活動のように仲間と共感する「参加型」になっているのです。
 プロレスは映画やドラマのように物語性、文脈があります。1試合だけ見ても完結しないのです。これまでのテレビ放映は決闘シーンのみ、いきなりクライマックスだったのです。実はそこに至るまでの因縁のエピソードがあるのです。SNSを使えば「あいつには負けたくない」といった選手の思いや感情などを印象的に伝えることができます。動画配信はアーカイブ機能もあって、過去の試合も見られるので、点と点がつながり、試合をより深く楽しめるようになりました。格闘の競技性だけでなくデジタルで物語性を加味したことで、プロレスはリアルで見る者の感情を揺さぶるコンテンツとなったのです。これはコンテンツが世界で受け入れられる要素の一つですが、アニメやマンガのように世界を舞台に稼げる可能性を秘めているのです。これらのデジタルと共に構造改革の両輪を担うのはグローバル戦略、海外展開です。

「好きになるキッカケ」でファン開拓
女性と外国人の心をつかむ

※1 Intellectual Property(知的財産・コンテンツ)
※2 2019年7月期の売上高は54億円で、2012年7月期の10億円から5倍以上に急伸しました。

ページトップへ