私のオピニオン
伊藤亜由美

Ito Ayumi
株式会社クリエイティブオフィスキュー代表取締役

俳優・大泉洋さんらTEAM NACSの「育ての母」と呼ばれる代表取締役の伊藤亜由美さん。プロデューサーとして、人の心の中で生き続ける「感動する作品」を作りたいと語ります。「隔たりがあっても否定しないで受け入れて、自分が何をするのか考える」。これからの時代に欠かせない多様性を尊重する地域づくりの思想を、ある人から学んだそうです。

人、モノ、暮らしを深く追求
「北海道の魅力」を発信していきたい

北海道での成功も、「このままでいいの?」

 短大2年のとき、札幌の小劇場で鈴井貴之が主宰する劇団の舞台を見て、「面白そう、やってみたい」とその日のうちに「入れてください」と芝居を始めました。会社に勤めながらも演劇を続けたのですが、劇団は上演を行うたびに赤字で、多くの劇団員は芝居だけでは食べていけません。「みんな頑張っているのに、なぜ?」と考えてみると、気持ちはプロの俳優であっても、運営はアマチュアだったのです。趣味ではなく、地方で本気で演劇を生業なりわいとしたい人を支え、劇団を持続させるためにも、マネジメントプロデュースを確立させ「ビジネスの仕組み」をつくらなければと思い、1992年、私の退職金を元手に鈴井と一緒に今の事務所を立ち上げました。
 高校生の頃、友達とバンドを結成し、ギターに夢中だったのですが、地元の小樽運河の保存活動に関わる音楽イベントの実行委員会のメンバーとして、大人たちと一緒に協賛企業集めや会計を担当しました。ゼロからイベントをつくる大変さと達成感を経験したことが、私のプロデューサーとしての原点であり、起業する勇気を持つことができたのです。
 劇団員をタレントとしてメディアに露出させて、劇団の知名度と存在価値を高めて公演の観客動員に結び付けることで芝居を続けていける戦略を考えました。しかし、北海道には芸能事務所がなかったので、メディアでもなかなか起用してもらえない状況でした。それでも必死に営業し続け、「やっていないことをやってみよう!」という挑戦の精神を忘れずに頑張った結果、地元放送局とのコラボもやっとの思いで進むようになり、1996年、鈴井と当時大学生だった大泉洋が低予算で無謀な旅をする『水曜どうでしょう』(HTB)が誕生しました。作り手が面白いと思うことは視聴者にも伝わると信じて、手探りでやってみたところ、ネットの掲示板で「面白い」と評判となり、熱心なファンのコミュニティーが生まれ、全国で放送されました。この番組の成功が事務所の未来を切り開いてくれました。その後、大泉と同じ大学の演劇研究会に所属していた安田顕、森崎博之、戸次重幸、音尾琢真の5人で「TEAM NACS」が結成され、メンバー全員をマネジメントすることになりました。
 TEAM NACS の北海道での評価が高まり、人気と知名度があっても、「このままでいいのだろうか?」と感じるようになりました。地元のバラエティーのタレントではなく「俳優」として全国で認められるため、スキルアップさせたいと強く思うようになり、2004年、東京でも本格的に活動を始めました。最初は東京の放送局にあいさつに行っても、北海道の小さな芸能事務所に関心を示してくれる人は少なく、とても悔しい思いをしました。

私を変えた「運命的な出会い」

 札幌と東京を行ったり来たりするようになって、これまで当たり前すぎて、気付かなかった「北海道の魅力」を強く認識するようになりました。東京で仕事をしていると、多くの人たちが、北海道で暮らしていることがうらやましいと言うのです。当時の私は、何でもある東京がうらやましかったのですが、今から思えば、北海道のことを何も知らなかっただけだったのです。
 東京での活動が軌道に乗り始めた2007年頃、札幌のコンビニで偶然、目に留まったのが北海道の魅力を発信する季刊雑誌『スロウ』でした。表紙の写真にかれすぐに購入して、ページをめくったところ、紹介されていた「北海道のこの土地で」と、地域に根差して誇りと信念を持って生きている生産者や職人に「こんな人がいるのか!」と感動しました。その日から、さまざまな地方に足を運び、私が知らなかった北海道の魅力を知るたびに目からウロコで衝撃を受けました。地域エンターテインメントのプロデューサーとして、人、モノ(プロダクツ)、暮らしを深く追求したい。北海道の魅力を発信していきたいという思いを強く抱くようになりました。『スロウ』との運命的な出会いによって、私の目指していくもの、そして北海道との向き合い方が大きく変わりました。

子どもたちに食文化を紡いでいく

 社名にある「キュー」は、「キッカケ」という意味です。私たちが創作した作品を受け止めた人の人生において、何らかでも前に向かうキッカケになることを願い、名付けました。
 コンテンツのアイデアを考える際、私の場合は人との「出会い」がキッカケとなることが多いので、道内各地を巡り、さまざまな方々と出会い、話をすることを心掛けています。農家の方からは、こだわりの栽培・飼育方法のストーリーに加えて、「自分の思いを発信する機会がない」といった声をよく耳にしていました。
 「北海道でしかできないコンテンツは何だろう?」と構想していたとき、東京の人からうらやまれる食べ物の価値に気付き、北海道に暮らす人は恵まれていることを強く認識しました。今でも忘れられないのですが、「食と農」や「食育」といったキーワードが思い浮かび、東京から新千歳に戻る機内で「北海道の食の素晴らしさ、農家の誇りを映像コンテンツで伝える」というコンセプトを一気に書き上げたのが『あぐり王国北海道』(HBC)です。家族がそろって視聴できる土曜日午後5時からの放送にこだわったのは、夕食の食卓で食と農の話題をしてもらい、翌日、家族で農業の現場にいくキッカケになればと思い、そして、次の世代に食文化を紡いでいかなくてはいけないという私の熱い思いがありました。
 2008年、JAグループ北海道のご支援を頂き、森崎博之をメインに起用して始まった番組は今年で13年目、放送571回を迎えました。「農業は素人だから……」とちゅうちょしていた森崎に「絶対に将来、誇りに思える番組になるから、一緒に農業を勉強していこう!」と激励してスタートしたのですが、主役である農家の方々から多くのことを教えてもらい、今では唯一の「農業タレント」として、「生きることは食べること」と情熱を持って、北海道農業の魅力を伝えています。

人の心の中で生き続ける映画の感動
「北海道3部作」で農業と食文化の魅力を描く

※『あぐり王国北海道NEXT』に改題。小学生が「あぐりっこ隊」として、森崎博之さんと一緒に産地を訪ね農業体験をします。https://www.hbc.co.jp/tv/aguri/
 HBCの無料動画配信サービス「もんすけTV」にて放送後1週間、視聴できます。北海道外でも視聴可能です。https://www.hbc.co.jp/monsuketv/

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