私のオピニオン
ロバート キャンベル

Robert Campbell
日本文学研究者、国文学研究資料館長

特集 コロナと私たち①

「変えられなかった社会」を変える

 新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、断腸の思いで国文学研究資料館にある図書館とギャラリーの閉鎖を決断し、4 月6 日より大半の職員を在宅勤務にしました。全ての打ち合わせをZoom(ズーム)のオンライン会議に切り替え、初めは、もどかしく、ぎこちなさもありましたが、回数を重ねるうちに、「変えられなかった社会」を変えるキッカケが生まれている、と考えるようになりました。
 これまでの館長室の会議では、最も奥まった席に座る私(館長)の近くに職位の高い職員が陣取り、若い人は遠くの端っこに居並ぶのが通例でした。この構図はメンバーが変わっても同じで、職位の上から下へ、きれいな組織図を描いて席は埋まっていきます。館長から近い、遠い、という「遠近法の秩序」が存在し、奥に近い人しか発言せず、お誕生日席(上座)の私からは、黙っている若い人の表情やしぐさが見えないのが、いつもの自然の風景となっていました。
 しかしZoomでは、「遠近法の秩序」はありません。パソコンのフラットなモニターの中では完全に平等です。同等の大きさに分割されたメンバーの顔(画像)が職位の上下に関係なく並び、表示される名称は「職位」ではなく、本人が登録した名前です。Zoomには館長室にはない「感覚」があって、均等な距離で座っているように感じるのです。すると不思議なことに、普段、黙っている若い人たちが発言するようになったのです。
 一般的に日本人は周囲の人間関係に敏感で、年齢や職位など自らの置かれた立場を推し量りながら発言する傾向があります。若い人は自ら言動を繰り出すことを控え、上司もその声を聞こうとしなかったのです。それがZoomでは、若い人が「発言してもよろしいですか?」と、積極的に質問や感想を伝えるようになり、多様な意見による「多声化」が会議の質を上げています。Zoomによって、きれいな組織図や遠近法といった「職位による秩序」に小さな風穴が開いて、揺らいでいるように感じています。

 「いざ鎌倉」という言葉を聞いたことがあるかと思います。緊急事態に備え、いつでも行動を起こせるよう、準備を尽くすことが大事と説いた故事です。謡曲(能の曲目)「鉢木はちのき」からで、鎌倉幕府の御家人・佐野常世が領地を横領されても、窮乏に屈することなく、幕府が危機に陥ったときには、直ちに鎌倉にはせ参じる覚悟で鍛錬していたところを、僧侶にふんして諸国を視察していた執権・北条時頼の目に留まり、その心意気が高く評価され、やがて領地を取り戻し、加増されるハッピーエンドのストーリーです。
 誰にも知られずに地道に努力する人が正当に評価され、報われることが大切と伝えているのですが、この教訓は、今の時代にも通じます。Zoomの登場で、若い人の資質や能力、感性を見いだしやすくなっています。管理職の役割は、部下や若い人のポテンシャルを発揮させることです。「明日の自分」をイメージさせて、学ぶことや自己啓発の意欲を高めることが大切になっているのです。

 新型コロナウイルスが終息したとき、私たちは社会に何を残せるのでしょうか。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」にならないよう、感染拡大の危機の渦中にある今こそ、何を変えるのかを真剣に考えないと、何も変わりません。コロナ危機は、「変えられなかった社会」を変えるチャンスでもあるのです。
 日本は、ダイバーシティー(多様性)の受容度が低く、同調圧力が強いなど、多くの課題があるのですが、まずは、若い人の可能性の芽を育むことから取り組んでみませんか。日本は失敗に厳しい社会ですが、たとえ起業に失敗したとしても、背中を押してあげるなど、再起しやすい環境を整えるのです。ウイルス治療薬など社会課題を解決するイノベーションは、失敗しても諦めない、意欲ある若い人によってもたらされるのは、間違いありません。

大切なのは、お互いを支え合うこと

 最古の歌集『万葉集』、鎌倉時代の鴨長明の『方丈記』など、古典には疫病が多く登場します。そこには感染症から社会を再生させる先人の知恵があります。江戸時代は、はしかやコレラが流行し、多くの人が亡くなりました。「流行」は「はやり」とも読みますが、先人は、疫病は克服の対象でなく、波のようにやって来て、送り出すもので、ウイルスは自然の一部であることを認識し、畏怖し、共存してきたのです。私たちはコロナと戦争しているのではありません。尊い命と経済の犠牲を最小限に抑え、ウイルスと付き合っていくのか、今、人類が試されているのです。
 大切なのは「利他の精神」やお互いを支え合うことです。疫病には一人では立ち向かえないので、江戸の人たちは、コミュニティーで犠牲者の遺族を支援するなど、決して博愛でなく、当然のこととして、困窮している人を助けました。そこに私たちが新型コロナウイルスを乗り切るヒントがあると考えます。

ロバート キャンベル

ニューヨーク市出身。専門は江戸・明治時代の文学、特に江戸中期から明治の漢文学、芸術、思想などに関する研究を行う。テレビでMCやニュース・コメンテーター等を務める一方、新聞・雑誌の連載、書評、ラジオ番組出演など、さまざまなメディアで活躍中。 主な出演番組は『スッキリ』(日本テレビ系)コメンテーター、『 Face to Face』(NHK国際放送)MC 他。主な著書に『井上陽水英訳詞集』(講談社)、編著に『東京百年物語』(岩波文庫)、『ロバートキャンベルの小説家神髄 現代作家6 人との対話』(NHK出版)。

●現在、閲覧室は日時と人数を限定して、事前予約制で開いています。展示室の開室はウェブサイトでお知らせしています。https://www.nijl.ac.jp/
● 国文学研究資料館のウェブサイトでは、ロバート キャンベルさんが解説する動画「日本古典と感染症」を公開しています。https://www.nijl.ac.jp/koten/learn/post-14.html

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