私のオピニオン
藤原辰史

Fujihara Tatsushi
京都大学 人文科学研究所 准教授

特集 コロナと私たち②
次の世代を納得させる「協同組合の理念」とは何か

農業に課された「未来への責任」

 新型コロナウイルスは、空気の味を改善した。京都の鴨川からは、北山も東山も、木々の色までもがしっかりと目に入ってきた。排気ガスはどこまで人の健康を害していたのだろう。全国の5月の交通事故発生数は、例年よりも4割減ったことも忘れてはならない。
 私は何度か「もう自分たちは死ぬからいいけど、大変だね、君たちの時代は」という言葉を年輩の人から聞いたことがある。残された年月を思って感じたさびしさの裏返しなのだろうが、どうして「残りの人生、少しでも負債を返すように努力する」と言ってくれないとも思う。「東京が水没する」というレベルの破局を想像していないから、こう言えるのか。

 新型コロナウイルスが私たちに教えた未来の危機とは、そればかりではない。大規模自然開発によって新型コロナウイルスを宿主とする野生動物と人間の距離が近くなり、それが感染を拡大させたと指摘されている。コロナウイルスばかりではない。
 生態学者の湯本貴和によると、現在のコンゴ民主共和国を中心に発生しつづけるエボラ出血熱も、オオコウモリの仲間が宿主だが、熱帯雨林がプランテーション開発のために奥まで道路が作られ、致死率の高いウイルスが都市へと出てくる可能性が高くなったし、近くの農園にやってきて、果樹に糞尿ふんにょうや唾液をつけ、人間のみならず、ゴリラやチンパンジーに感染して、死に至らしめた。密猟で生態系が撹乱かくらんされたのである。レアメタル開発のために雇われた膨大な労働者たちの食事を満たすために、ブッシュミートと呼ばれるゴリラやチンパンジーやワニやサルなどの野生動物の半生肉や燻製くんせい肉が食べられる。
 日本は、アフリカの大規模開発の先頭を走っている。携帯電話用のレアメタルや原発の燃料であるウランやプランテーションの作物を求めて、アフリカやアジアの大規模開発に今後も加わりつづけるのか、選択が迫られている(湯本「コロナ危機は生態系からの警告である」、井田徹治「環境と生態系の回復へ」『世界』2020年8月号)。

 近代農業にも大きな責任がある。石油や石炭への依存型農業を脱出するための研究に、すなわち、農薬や化学肥料をできるだけ用いない農業のために、人力と資金が投じられないことは指摘されている(ロブ・ダン『世界からバナナがなくなるまえに』)。太陽エネルギーを最大限効率的に人間の福利の増進に用いることができる農業には、次の世代に途方もない責務が存在する。
 経済史家の小野塚知二は、燃料革命だけではなく、原料革命を重視しないかぎり、気候変動の問題は解決しないと述べている。1910年代のハーバー=ボッシュ法による空中窒素固定の工業化が成功するまでは地球の原料で食べさせられる人口は20億人だった。だが、それ以降人口は77億にまで上昇し、人類は地球生命体の中で最大の窒素固定体となった。
 それは窒素合成肥料のおかげだが、「ハーバー=ボッシュ法によるアンモニア合成に投入される石炭ないしメタンは、水を水素と酸素に分解するために用いられる。そこで発生した水素と大気中の窒素を化合させてアンモニアを得るのだが、水から発生した酸素はすべて投入された炭素と結合して最終的に二酸化炭素となって大気中に放出される」(小野塚「人類は原料革命から卒業できるのか?」『世界』2020年7月号)。

根本的に農業を変えよ

 近代農業は、人類に有用な家畜だけを増やし、野生動物をその分減少させてきた。その結果、大規模畜産経営は、鶏の場合、鳥インフルエンザの感染拡大の温床となりやすい。人間が食べる肉の部分にエネルギーが向かうように品種改良されているため、免疫力がそもそも弱く、感染症に対応できないのだ。
 さらに、現在深刻なアフリカ豚熱や口蹄疫こうていえき蔓延まんえんも、現在の畜産の環境が大きな問題となっている。大量に牛肉を求める消費者の欲望が、牛肉処理施設の環境を悪化させ、結局欧米で集団感染と労働者の大量死を巻き起こしているのである。
 以上のことから、自然の限界まで開発を進めた世界を救出するために、農業に関わる協同組合が取り組むべき緊急の課題を、三つ述べたい。
 第一に、培養肉やVRによる農業革新が席巻する前に、石油や石炭や原子力にできるかぎり依存しないで、太陽エネルギーを最大限使用する農と 食に関して総合的に研究する施設を作り、全世界の志を同じくする研究者と連絡をとり、列島各地の環境にあった農法を組合員に早急に普及させ、その農法をポストコロナ農業の世界モデルとすること。
 第二に、コロナで失業者が続出したり、生態系を破壊して感染症を増やしたりする産業中心の経済から、そうではない産業や生業構造への転換のために尽力すること。それは生命関連産業の雇用拡大を意味する。
 そして、第三に、農業や畜産や食のあり方自体も、これまでとは百八十度異なるあり方に向けて舵かじを切ること。BSE、鳥インフルエンザ、新型コロナと何度も近代農業は警告を受けていたのに、それに対し私たちは真面目に応答できていない。

 「これまで通り現場復帰で」という言い訳は、もう効かないほど状況は切羽詰まっている。理念を経営に先行させることは、株式会社には難しい。これだけの危機に直面して根本的な農業変革に乗り出さないのであれば、協同組合という名称をためらうことなく捨て去るべきだろう。

ふじはら・たつし

1976年、北海道旭川市生まれ。島根県横田町(現・奥出雲町)出身。京都大学人文科学研究所准教授。専門は農業史と環境史。20世紀の食と農の歴史や思想について研究をしています。戦争、技術、飢餓、ナチズム、給食などを考えてきました。著書に『ナチスのキッチン』(河合隼雄学芸賞)、『給食の歴史』(辻静雄食文化賞)、『分解の哲学』(サントリー学芸賞)、『トラクターの世界史』『戦争と農業』『カブラの冬』など。

藤原さんの論考「パンデミックを生きる指針」はウェブサイト「B 面の岩波新書」から閲覧、PDF 版をダウンロードできます。
https://www.iwanamishinsho80.com/post/pandemic

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