私のオピニオン
小熊英二

Oguma Eiji
慶應義塾大学教授、社会学者

自著を語る 進むべき「未来」を議論するために

このままでは地域社会が崩れる

 地方の人口減少や地域コミュニティの疲弊が長年大きな課題になっていますが、その解決策を考えるためには、雇用や社会保障など日本社会を規定する「慣習の束」である「しくみ」を検証する必要があります。『日本社会のしくみ』では、健康保険や年金の制度が会社と地域という帰属集団を基本単位に作られていることを踏まえて、「カイシャ」と「ムラ」を基盤とする日本独特の「しくみ」が誕生し、どのような歴史的な経緯で定着したのかを解明して、進むべき未来を問うことを心掛けて、執筆しました。
 まず日本社会の全体像を捉えるため、日本人の生き方を3つに分類しました。企業や官庁など大きな組織で終身雇用、年功賃金の正社員(職員)で働く人を「大企業型」、生まれた地域にとどまり自営業や農林水産業、建設業など、地元の産業で働く人を「地元型」、会社にも地域にも足場の無い人を「残余型」として、「3つの生き方」がどう変わってきたのかを調べてみました。
 「大企業型」は全就業者の26%程度、「地元型」は36%と推定されます。日本社会での標準的な生き方で、日本型雇用慣行と規定されている「大企業型」は、実は全体の3割もいないのです。この構図は日本経済のピークとされる1980年代以降、ほぼ変わっていません。年齢と共に賃金が上昇していく人は3割で、残りの7割は賃金が上がらないのです。
 「地元型」は、「大企業型」より経済力では劣りますが、親から受け継いだ持ち家で、住宅ローンはありません。お米や野菜を買ったことがない人がいるように自家栽培か、近所からのお裾分けがあれば出費は少なく済みます。自治会、商工会、JAなど、地域に根付いたコミュニティの相互扶助の中で生きていけます。貨幣に換算されない豊かさがあるのです。
 しかし、バブル崩壊を経た1990年代に構造改革があり、今でも地方に大きな影響を及ぼしています。自営業や農家が減り、商店街がシャッター街となり、入れ替わるようにショッピングモールやネット企業の物流倉庫、介護施設が増え、そこで働く人たちは非正規雇用が多い。また、労働集約型の製造業が海外に移転しました。地方の自営業と中小・零細企業の経営が立ち行かなくなり、「地元型」の減少が顕著となっています。その分、少しでも高い賃金を求めて地元を離れて大都市において非正規雇用で働く人、会社にも地域にも生活を頼ることができない「残余型」が増加しているのです。
 自営業者が減ることは、地域を支える機能をソーシャルキャピタル(社会関係資本)に頼っていた地方社会にとって、自治会長や民生委員などの担い手を失うことでもあり、地域コミュニティの疲弊に直結します。社会の安定性が変質し、多くの人が「貧困」に陥る可能性が高まります。生活の不安が増し、地域社会を揺るがす大きな問題となっているのです。
 では、どう対処すればよいのでしょうか。日本は公務員の数が少なく、人口1,000人当たりアメリカの半分程度です。豪雨などの災害の現場でも高齢の自治会長が救援物資の配布をこなしているのが現状で、負担には限界があります。これまでは公務員が少なくても地域コミュニティが機能していたのでやっていけましたが、「地元型」から「残余型」への移行が生じているなか、地域を支える機能を維持するには、他の先進国並みに公セクターの有給労働者を増やすべきです。具体的には民生委員や自治会長を有給化したり、医療・介護報酬の増額でいまや地方の重要産業となった福祉分野の「ディーセント・ワーク」を増やす施策が必要です。
 そのためには増税を含めた新たな負担や適切な再分配が求められます。私たちは進むべき未来を考え、議論しなくてはいけません。決めるのは政治家でもなく、私たち一人ひとりの意思によるのです。

「地域の協同組合」として生きろ

 農業者は昔から農業だけをやっていたのではありません。養蚕や機織り、酒造などの地場産業に従事したり、1960年代からは労働集約型の電機製品の組立工場などで働きながら収入を得ていたのです。また子息(主に長男)が公務員や郵便局、そして農協に勤めて、安定収入を得るなど、一家総出の労働によって農業者は生計を立てていました。
 しかし1990年代以降、国際化や情報化と共に日本の製造業の国際競争力が劣るようになり、研究開発部門や高度な精密技術を持つ部品や工作機械の企業を除いて、工場を国内に残すことが困難となりました。今や多くの地方では、安定した収入を得られる雇用が少ないのが実態です。
 JAには金融部門などの役割が大きいという批判がありますが、重要な公的セクターとして、地域に安定雇用を供給し、社会の安定を保つことに貢献してきた実績は大きいと評価できます。これからは、農業以外の業務を行いながら地域住民の雇用を維持するだけでなく、地域おこし協力隊やIターン移住者の中から優秀な人材をJAで雇用して、地域全体の生活向上のために活躍してもらうことも、新しい貢献になりえます。ITやMBA(経営学修士)の知識を有するような移住者を募集し、安定雇用を提供する位の積極性があってよいでしょう。
 JAは名称に「農業」が付いていますが、介護や医療など農業以外の分野にも積極的に取り組んで、「地域の協同組合」としてソーシャルキャピタルの機能を果たすことが任務だと思っています。

おぐま・えいじ

1962年東京生まれ。東京大学農学部卒。出版社勤務を経て、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。現在、慶應義塾大学総合政策学部教授。学術博士。主な著書に『単一民族神話の起源』(サントリー学芸賞)、『〈民主〉と〈愛国〉』(大佛次郎論壇賞、毎日出版文化賞、日本社会学会奨励賞)、『1968』(角川財団学芸賞)、『社会を変えるには』(新書大賞)、『生きて帰ってきた男』(小林秀雄賞)。

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