私のオピニオン
原 武史

Hara Takeshi
放送大学教授、政治学者(日本政治思想史)

自著を語る 地形が生み出す「思想」に影響される私たち

現場で知る「地形と思想の深い関係性」

 思想史学に限らず、一般に歴史学というのはこつこつと史料を集め、その成果を論文に仕上げるのが普通だ。その作業は当然、「室内」にならざるを得ない。毎日のように「室内」にこもり、地道に史料とにらめっこする日々を送らなければならないわけだ。
 だがそもそも、思想史というのは史料のなかにすべて書きこまれているのか。いっそ「室外」に出て、思想が生み出された現場である岬、峠、島、山麓、湾、台地、半島を訪れ、それらの特色ある地形を読み解けば、史料からは見えてこない思想史の一端がわかるのではないか――本書の「まえがき」ではこの着想を柳田國男の民俗学から得たと述べたが、実はもう一つ、大学時代に読んだ書物が頭の片隅に残っていた。

 それは1974年に朝日選書から出された『思想史を歩く』という2冊の上下本である。学者や作家や劇作家らが興味を抱いた人物にまつわる場所を訪れ、関係者に会うことで、史料を読むだけでは得られない新たな知見が披瀝ひれきされていた。
 最も強く印象に残っているのは、鶴見俊輔が灯台社を主宰する明石順三の実家があった栃木県の鹿沼を訪れた章だ。
 灯台社というのは、ものみの塔聖書冊子協会日本支部、いわゆるエホバの証人のことで、徹底した平和主義を貫き、兵役を拒否したため、戦前に2度にわたり弾圧された。獄中で転向者や死者を出しながらも、明石順三は1945年まで抵抗の姿勢を崩さなかったが、戦後になって米国総本部の活動を批判する公開質問状を送ったため、支部長の地位を追放された。現在の日本支部は、戦前の灯台社とは関係がないことになっている。
 鶴見が鹿沼を訪れたとき、すでに明石順三は死去していたが、灯台社の関係者たちがまだ住んでいた。鶴見は彼らと対話しながら、あの独特の文体で明石の思想を見事に浮かび上がらせた。章の扉の写真には、明石の実家の前でたたずむ鶴見の姿が撮られていた。まだ50歳の頃で若々しかった。
『思想史を歩く』のような本が刊行されたということは、少なくとも70年代までは「室外」も「室内」同様、思想史の研究対象に含まれるという共通了解があったのかもしれない。しかしそれ以降、思想史学における「室内」の比重が明らかに高まった。史料を正確に読めなければ、「実証的」「客観的」な研究として評価されないという風潮が強くなったのである。
 こうした風潮を打破したいという思いを、ずっと抱いていた。本書はそのささやかな試みにほかならない。

今に通じ合う「隔離と差別の歴史」

 一例をあげよう。
第三景「『島』と隔離」では、岡山県の長島と広島県の似島にのしまを訪れている。前者にはハンセン病患者を隔離する国立療養所として長島愛生園や邑久光明園おくこうみょうえんが、後者には戦場から病原体をもったまま帰還した兵士を隔離する陸軍検疫所がつくられた。
 いずれも島という地形を利用して、天皇の治める「聖なる帝国」としての日本本土を守ろうとしたのである。
 実際に二つの島を訪れることで、「室内」の研究だけではわからない、地形と思想の深い関係性がよくわかった。『本の旅人』の小林順編集長や担当編集者の岸山征寛さんと一緒に訪れたのは2018年8 月。まだ平成の時代だったことを思うと、ずいぶん前のような気もしてくる。
 だが今年に入り、新型コロナウイルスの感染が急速に拡大した。陽性の患者を隔離するというニュースを聞いたとき、2年前の記憶がにわかによみがえった。
 もちろんハンセン病の場合とは異なり、国が強制的に患者を隔離施設に収容させることはないし、皇室がその政策を積極的に奨励することもない。患者が隔離されるのは病院やホテルであって、瀬戸内海に浮かぶ島ではないこともまた確かだ。
 しかし、隔離された患者に対する差別自体がなくなったわけではない。患者を収容している病院に対する嫌がらせも相次いでいる。それは長島に橋がかけられなかった歴史にも通じ合うものがある。
 思想史学というのは、けっして現在と切れた過去の思想を探るだけの学問ではない。その思想が、私たちの間になお残存している、「思想」と名付けられないような不定形の感情とどうつながっているかを考察することもまた重要なテーマになり得る。
 鶴見俊輔は、明石順三がいた鹿沼を訪れ、戦前は日本に対して堂々と異議を唱えた明石が、戦後は一転して米国に対しても堂々と異議を唱えた生涯を描くことによって、戦前と戦後の日本という国家の変遷を逆照射してみせた。本書もまた、地形と結びついた思想が現在の私たちの感情にどうつながっているかを知るための手掛かりとなれば、著者としてこの上ない喜びである。

はら・たけし

1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、東京大学大学院博士課程中退。放送大学教授、明治学院大学名誉教授。専攻は日本政治思想史。98年『「民都」大阪対「帝都」東京──思想としての関西私鉄』(講談社選書メチエ)でサントリー学芸賞、2001年『大正天皇』(朝日選書)で毎日出版文化賞、08年『滝山コミューン一九七四』(講談社)で講談社ノンフィクション賞、『昭和天皇』(岩波新書)で司馬遼太郎賞を受賞。

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