私のオピニオン
河合香織

Kawai Kaori
ノンフィクション作家

自著を語る 互いに認め合い、受け入れ合うために

「生と死」命をどのように考えるのか

「今年はコロナウイルスで世の中が変わってしまいました」
 静岡県浜松市の京丸園の鈴木緑さんから便りが届いたのは、夏の終りのことでした。京丸園は発達障がいや知的障がいのある従業員の方が多く働く農福連携の農園です。代表の鈴木厚志さんと緑さんご夫妻は、通常なら1日で覚えられる仕事を、できるようになるまで1年かかってしまう障がいのある従業員に対しても、「長く農業をやってきたから、作物も人も時間がかかることはわかっている」と温かく見守っていました。
 「そんな中でまた“選べなかった命” を読みました。前回と同じ感想もあるのですが、当事者の迷い悩みが大きく受けとめられました。コロナで自分の価値観も変わったのかと感じました」
 私は昨年、この農園を取材で訪れましたが、その時に緑さんは拙著『選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子』を読んだ感想を語ってくれました。特に緑さんが「もしも出生前診断を受けていたら、うちで働いてくれているこの子たちは今ここにいなかったかもしれない」と話されていた言葉が心に残りました。
 あれから1年がちましたが、コロナウイルスによって社会の価値観は大きく変わろうとしています。昨年は、この世界で人工呼吸器が足りないために助かるはずの命を助けられず、埋葬が間に合わないご遺体をアイスリンクに並べられるような事態が起きるとは、ほとんどの人が想像もしていなかったと思います。コロナウイルスは感染症を引き起こすだけのものではなく、生きることと死ぬことについてどのように考えるのかを、私たちに突きつけたとも言えると思います。
 『選べなかった命』は、函館で起きた裁判を中心に描いたノンフィクションです。出生前診断で羊水検査を受けた41歳の母親が、検査結果は陰性だと告げられた上で出産しましたが、実は生まれてみると子どもはダウン症であることがわかりました。医師が検査結果を見誤って伝えていたのです。その赤ちゃん「天聖」くんはダウン症の合併症により3ヶ月半の短い命を閉じ、母親は誤診をした医師を訴えました。
 私がこの裁判を知った新聞記事によれば、両親は「妊娠を継続するか、人工妊娠中絶するか選択の機会を奪われた」という理由で提訴したと書かれていました。この記事に対して最初に私は小さな違和感を持ちました。すでに生まれ、そしてもう亡くなってしまった我が子に対して「妊娠を継続するか、人工中絶するかの機会を奪われた」というのはどういうことなのでしょう。1,000万円の慰謝料にあたいする損害は、何に対する損害なのでしょうか。報道だけでは何もわからない、母親の声を聞きたいと思い、函館に向かったことが、この問題をめぐる5年間にもわたる長い旅の始まりでした。
 この裁判は日本初の「ロングフルライフ(Wrongful life)訴訟」に当たるのではないかと指摘する研究者もいました。神戸大学名誉教授の丸山英二氏によると、子どもが重篤な先天性障がいを持って生まれた場合に、もしも医療従事者が過失を起こさなければその子の出生は回避できたはずである、と子の「親」が主張して提起する損害賠償請求訴訟を「ロングフルバース(Wrongful birth)訴訟」と言います。一方、同じ状況において、「子自身」が主体となり、医師の過失がなければ、障がいを伴う「自分の出生」は回避できたはずであると主張するものが「ロングフルライフ訴訟」です。
 原告夫婦は自分たちへの慰謝料だけではなく、苦しんで死んでいった子どもへの慰謝料も求めました。苦しむだけの生なら、生まれて来なかった方が良かったのではないかと問うたのです。実際に、天聖くんは生まれてから一度も退院することもできず、外の空気を吸うことも、空や海を見ることもなく、はたから見れば大変苦しくつらい治療を受け続けて、短い命を閉じました。

 

社会と共に違和感や疑問を考え続ける

 この話を聞いて、生まれて来ない方がいい命なんてあるものかと違和感を持った人もいるでしょう。あるいは、天聖くんや家族の苦しみの大きさに心を痛めた方もいるかもしれません。判決が出た後も、この裁判が問いかけた問題について簡単に答えが出るものではないと思っています。その違和感や疑問、心を動かされたことを胸に抱きながら、ひとつの家族に押しつけるのではなく、社会として共に考え続けることが重要だと思っています。
 この長い旅で私が感じたのは、人は誰でも誤りをおかすということです。誤りは必ずしも悪いことだけではありません。誤りがあったからこそ、出会えた命も存在するのです。誤りの先に、善悪を超えた先にあるものを考えることが、互いに認め合い、受け入れ合うことの第一歩のようにも感じました。コロナが変えたものもあれば、変わらない人が生きることへの思いもあります。本書を命について考える契機にしてもらえればうれしく思います。

かわい・かおり

1974年生まれ。神戸市外国語大学卒。2004年『セックスボランティア』でデビュー。障がいのある人たちの性の現場を取材した。2009年『ウスケボーイズ 日本ワインの革命児たち』(小学館ノンフィクション大賞)。2019年『選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子』(大宅壮一ノンフィクション賞、新潮ドキュメント賞)。現在、『世界』で「分水嶺――ドキュメント コロナ対策専門家会議」、『ちくま』で「母は死ねない」を連載中。1児の母親。

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