私のオピニオン
小林 圭

Kobayashi Kei
レストラン「KEI」オーナーシェフ

生産者が丹精込めた食材で
心を満たす「美しい料理」を作りたい

全ての「出会い」が特別な財産

 飲食店を格付けする『ミシュランガイド2020』仏版で、オーナーシェフのレストラン「KEI」が最高位の三つ星を獲得しました。日本人初の快挙と称賛されますが、三つ星には料理人として歩んできた28年間の歴史全てが含まれており、どの瞬間、どの出来事にも意味があり、どれが欠けても今の自分はありません。
 最も大切にしているのは出会いです。シェフ、生産者、食材、全ての出会いが特別な財産で、その積み重ねが僕の料理の哲学、世界観をつくり上げているのです。
 15歳のとき、テレビでフランスの三つ星シェフのドキュメントを見て、そのかっこよさに魅せられて「僕もシェフになりたい!」と憧れました。ちゃんとしたフレンチを食べたこともないのに、すぐに地元・茅野にあるリゾートホテルを訪ねました。何も知らずに料理の世界に飛び込んだのです。15歳から19歳まで、故・中村徳宏シェフに、フランス料理の基礎だけでなく、人との接し方、仕事への姿勢など「一人の人間」としての心構えを徹底的にたたき込まれました。一生分怒られましたが、感謝しかありません。
 1998年、21歳の冬、わずか15万円の所持金で渡仏しました。連日、氷点下15度以下でとにかく寒かった記憶しかありません。雇ってもらう予定の店に話が伝わっていないトラブルで、生活費が尽きていったん、帰国しましたが、夢を諦めず1か月後、再渡仏しました。日本での6年間の修業は誰にも負けないほど、休みなく朝から晩まで猛烈に働きました。だから、異国の地であっても「厨房に入れば何とかなる」という確たる自信がありました。
 まずは南部のラングドック・ルシヨンの一つ星の店で働きました。パリでなく地方を目指したのは、フランス料理が郷土料理の集合体だからです。和食にはだしという共通のベースがありますが、フランスは地域ごとに風土や特産物が大きく異なるので、食材だけでなく味付けの基礎となるソースが違います。洗練されたパリのフランス料理ではなく、原点を学びたくて、その後、プロバンス、アルザスの星付きレストランで、その土地の空気を吸いながら経験を積みました。

命を頂く、料理人の仕事は罪である

 料理人にとって生産者との信頼関係が何よりも大切です。調理の技術があっても、良い食材が厨房になければ何も始まりません。積極的に現場に足を運び、農畜産物のことを教えてもらいながら、率直に意見交換をすることで、生産者に「丹精込めて作った野菜や肉を小林君の料理に使ってほしい」と思ってもらえるようになりました。
 僕は食材の本来の味を壊さないよう心掛けています。そうしないと食材となった動物や野菜に申し訳ないからです。料理を作ることは、「命の引き換え」です。わずかなひき肉を使うにも、一頭の牛が殺されます。もっと生きられたのに人に食べられるため命が失われてしまう。野菜も同じで収穫されると命が失われるように感じます。
 命を頂いている分だけ料理人の仕事は罪であり、大きな責任があります。亡くなった動物や野菜に敬意を払い、彼らが納得する形で調理してあげたい。食べた人の脳裏に焼き付けることで、おいしかったという感動の記憶の中で生きていてほしい。料理人人生を懸けて、心を満たす「美しい料理」を作りたいと思っています。

料理で地域に「活力」「潤い」を

 新型コロナウイルスの感染拡大を受けた初めての休業期間(3月17日~6月15日)では、まずは、20名のスタッフの雇用を守ることを最も重視しました。三つ星の評価もスタッフと一緒だから獲得できたのです。三つ星になってすぐに休業となり、料理を作れないことにもどかしいおもいを抱きましたが、嘆いている暇はありませんでした。ミシュランの評価は毎年見直され、三つ星を保つのは容易ではありません。プレッシャーがすごい「終わりがない勝負」のようで、料理、サービス、空間、全てが高水準で、隙がないことが求められます。だから休業中でも、一人一人で自分たちの「技術」を向上させることを心掛けました。前進あるのみ、時間を無駄にしたくなかった。僕も28年間のキャリアを振り返り、三つ星シェフとは何なのか、料理人、経営者として、これからのビジョンについて、改めて考える機会としました。
 僕の理想は、全てのお客様に「今まで訪れた中で最高のレストラン」と思ってもらうこと。スタッフは評価を得ることでモチベーションが高まり、一人の人間として、誇りを持って働くことができます。43歳になって、強く意識するのは、次世代を担う若い料理人の社会的地位を上げること。それをかなえるのが僕をここまで育ててくれた先輩方への「恩返し」になると思っています。
 世界に進出したい夢もありますが、今、僕が手掛けているのは「地域活性化」です。渡仏して初めて働いた一つ星のお店は人口200人の小さな農村に構えていたのですが、わざわざ遠方から訪れる人が多いことに驚かされました。タイヤ会社であるミシュランは、120年前から地方の優れたレストランを紹介して、ドライブでその土地に行く仕組みをつくり上げたのです。地域に人を呼び込み、レストランの従業員の雇用を生み出すだけでなく、農業など食材、素材に関連する産業も繁栄することで地域内にお金が循環するようになります。料理には地域を経済的に潤わせる「チカラ」があるのです。
 今年の1月、5年の構想を経て、静岡県御殿場市にお店を開業する予定です。東京でなく地方を選んだのは、地域に「活力」「潤い」をもたらすことに挑戦したかったからです。日本が世界に誇れるリーズナブルで、高品質という「食の価値」をフランス料理でも提供します。
 僕の人生は、三つ星を獲得して終わりではありません。人生は1回だけ、失敗を恐れず挑戦を続けていきたい。これからも、料理に、一人一人のお客様に真摯しんしに向き合っていきたいと思います。

こばやし・けい

1977年、長野県諏訪市生まれ。父は「割烹かっぽう」、母は「洋食」と料理人の両親の下で育つ。15歳で「東急ハーヴェストクラブ蓼科」の故・中村徳宏シェフに師事する。21歳で渡仏、地方の名門店で修業を積み重ね、2003年、パリの三つ星「プラザ・アテネ」へ、アラン・デュカス氏の下で「セカンド」を務めた。実績を生かして、2011年、パリ中心部に「KEI」を開業。2012年、ミシュラン一つ星、2017年二つ星、2020年、日本人シェフとして初めての三つ星を獲得した。2021年1月、静岡県御殿場市東山に「メゾンKEI」をオープン予定。

※ 2021年1月、和菓子の「とらや」と連携して静岡県御殿場市に「メゾンKEI」を開業予定です。

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