私のオピニオン
ドリアン助川

Durian Sukegawa
作家、歌手

「この星の心」
~わたしたちが「生きる意味」とは~

「トマトの夢」が頓挫しても……

 溶岩で埋め尽くされた海岸。そのゴツゴツとした黒い岩に腰を下ろし、火山を眺めていたとき、ふいに湧いてきた感慨があった。ボクは思わず、「ああ!」と声をあげた。自分が考え続けてきたことの根拠を、ようやく確認できたという気持ちになったからだ。
 三宅島に廃屋を得て、本土と島を往復するようになってもう4年が過ぎた。この生活を始めたのは、調理用トマトの栽培を島の農家のみなさんに薦めるためだった。
 三宅島は2000年、巨大噴火に見舞われた。島を成す火山の上部が吹き飛ぶほどの強烈な爆発だった。有毒ガスの噴出も続いた。全島民は4年半にわたって避難生活を強いられ、島の産業はほぼ壊滅した。噴火前は4,000人余いた島民が、今は2,500人を下回る。復興の道はなかなかに厳しい。
 トマトに目をつけたのは、小説の取材がきっかけだった。煮たり焼いたりする調理用トマトの味わいにはまるうち、特にサンマルツァーノ種のとりこになってしまい、自分でもプランターで育て始めた。調べると、イタリアでは火山の麓が名産地だという。そこでピンと来た。帰島後も暗中模索が続く三宅島のみなさんに、新たな特産物としてサンマルツァーノの栽培を提案したらどうか?
 こう思い立ったボクは、自分で購入した種を携え、島の農家のみなさんに会い始めたのだ。
 結果からいうと、この試みは成功し、そして失敗した。ひとつの農園での栽培がうまく行き、三宅サンマルツァーノと名付けられた新しい調理用トマトはネット販売で全国のみなさんに届くようになった。だが、後続がまったく現れない。三宅島をトマトの名産地にというボクの勝手な夢は、どうやら頓挫してしまったようなのだ。
 しかしその代わり、数名の知り合いと、屋根裏にイタチがむ古い家、そして三宅島の広大な原始風景がボクのものになった。だれもいない溶岩だらけの海岸で、小説のアイデアを練り、ビールを飲み、月や星々を眺めながら伸びをする。冒頭に記した感慨は、そんなある夕暮れにやって来たのだ。

この世界を精一杯感受して生きる

 おそらくボクの小説でもっとも読まれているのは、ハンセン病問題を背景にした『あん』という作品だ。河瀨直美監督が映画化して下さり、カンヌ国際映画祭のオープニングフィルムとなった。小説そのものも14言語に翻訳され、世界の読者から毎日のようにメールが届く。
 この小説で描きたかったことは、単純に言ってしまえば、人の「生きる意味」である。大半の人は、すこしでもいい収入を得るために、良い地位につくために、あるいはそうではないにしても、何らかの仕事をそうとして日々を送っている。社会で有用な人物になるというのもひとつの目標になろう。
 だが、人の生きる意味は、本当にそうした能動的な意味のみで語れるのだろうかという疑念がボクにはあった。たとえば、病気が治っているのに、「らい予防法(1996年廃止)」という法律のために療養所から出ることができなかったハンセン病回復者のみなさんの人生だ。病と差別に苦しまれたみなさんにとって、生きる意味とは何だったのか?
 療養所への取材と自身の考えから、ボクは「積極的感受」と命名した生きる姿勢を小説『あん』のゴールとした。生涯を療養所で送った主人公の徳江は、最後の日々を費やし、人生半ばでつまずいてしまった千太郎という男に手紙を書く。「私たちはこの世をるために、聞くために生まれてきた。この世はそれを望んでいた」と記して。
 人間社会でなにかを成し遂げられなくても、この世を精一杯感受して生きていくことができるなら、ボクたちの命を育んだこの宇宙は喜んでくれるのではないか。本来の生きる意味はそこにあるのではないか。この考えを伝えたくて、ボクは『あん』を書いたのだ。世界中の読者が反応してくれるのもこの点だ。

この星にささやかれて、ボクはに落ちた

 だが、この「積極的感受」という感性がどこからやってきたのか、ボクには長い間わからなかった。それが三宅島で解けた。
 火山の噴火はこの星の気持ちみたいなものなのだろうかとボクは思ったのだ。この星で生まれ、この星で死んでいくボクも、土に戻ったときにその気持ちがわかるのだろうか。
 すると、ひらめいた。まぎれもなく、ボクはこの星のかけらである。だからすでに、この星の心も宿っていたのだ。「積極的感受」とはつまり、「人間社会の些細ささいなことなど考えず、もうすこし楽に生きなさい。すべてを受け止め、海や空とも呼吸を等しくして、微笑ほほえんで歩いて行きなさい」と、この星に囁かれたということではないのか。
 ボクはそれで腑に落ちた。いっさいの利益を求めずにトマトの種を配って歩いたり、社会での地位や稼ぎがまったくといっていいほど気にならないのは、自分の支えとなっているこの星の心のおかげだったのだ。

どりあん・すけがわ

1962年、東京都生まれ。詩人・作家・道化師。早稲田大学第一文学部東洋哲学科卒。放送作家を経て、1990年「叫ぶ詩人の会」を結成。1995年から2000年までラジオ深夜放送のパーソナリティーとして、多くの若者の悩みに寄り添った。2015年から5 年間、ラジオ『テレフォン人生相談』の回答者を務めた。2013年に上梓じょうしした小説『あん』は14言語に翻訳され、世界で多くの読者を得ている。2015年、河瀨直美監督によって映画化。2019年、『線量計と奥の細道』が「日本エッセイスト・クラブ賞」を受賞。本名・助川哲也で明治学院大学国際学部教授に就任。「逆境文学・辺境文学」を学生と一緒に考え、生きる意味と希望を思考している。

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