私のオピニオン
笹川 陽平

Sasakawa Yohei
日本財団会長

農業振興は国の根幹
今こそ「食の安全保障」確立を

国の誇り 稲作の歴史・伝統文化

 大陸から伝来した稲作が根付き、先人が米を主食にしたことで今の日本の隆盛があると知るべきです。全国津々浦々の神社で五穀豊穣を祝う祭事があり、大嘗祭だいじょうさいなど天皇陛下、皇室の祭儀に稲作が由来しているのは、米が日本の文化の礎である証しなのです。日本人の欠点でもありますが、歴史、伝統が豊かな国ほど、それらを粗末にする傾向があり、私たちは残念ながら稲作の歴史の重みを理解できず、米のありがたみを実感していません。「和食」がユネスコの無形文化遺産に登録されたように、むしろ外国人の方がうらやみ、実感しているのです。国の誇りでもある稲作の歴史と米に育まれた伝統文化、祭祀さいしを大事にして、若い人たちに継承していかねばならないと思います。
 耕作放棄地や後継者不足が深刻など、農業は久しく衰退産業と位置付けられてきましたが、決してそうではありません。飢餓撲滅のための穀物の高収量化プロジェクト「緑の革命」で開発された小麦の基が日本の「農林10号」であったように、米や果実など農産物の品種開発・改良、ICTを活用したフードテックなど、世界に誇れる先端の農業技術があります。また、食品の安全性を担保する原料原産地表示制度も整い、農業の再生・振興は実現可能で、急務であると考えています。過日、知人の出身地の農業試験場が開発したブドウとイチゴの新品種をいただき、その品質の高さに驚かされ、日本の農業技術のレベルの高さと農家の努力を改めて実感しました。農産物の輸出など、農業は日本経済を牽引けんいんする先端産業になれる素地は十分にあると確信しています。

国民の胃袋を他国に任せるな

 新型コロナウイルスの世界的大流行で国際社会の食料生産や流通に大きな異変が起きました。ロシア、インド、ベトナムなど約20カ国・地域が自国の食料確保を優先して小麦や米などの輸出規制に乗り出しました。日本は、主食の米は自給でき、小麦も主な輸入元であるアメリカ、カナダ、オーストラリアは規制していないので、今のところ問題はありません。しかし、コロナ禍で食料輸入が止まる事態が起こり得ることが示されました。また、世界の人口は2055年に100億人に達すると見込まれ、食料需要の増大や、地球温暖化による異常気象で農業生産が大きく減少するなど、国内外のさまざまな要因で食料の安定的な供給、確保に影響が出るリスクが存在するのです。
 2019年度の日本の食料自給率(カロリーベース)はわずか38%で、とても心もとない状態です。食料政策は国の根幹で、あらゆる事態に備える必要があります。自前で自衛のための軍備を持つのは独立国家の要諦ですが、それだけでは国の安全を保持できません。国民が飢えないよう、必要な食料を確保する「食の安全保障」を確立することも必要なのです。
 「備えあれば憂いなし」の言葉は、中国春秋時代の思想家・孔子が編集した史書にある言葉ですが、平時の心構えを説いています。コロナ禍でスーパーの店頭から食料が消えたという話は聞きません。結果オーライで食料供給は安定していますが、食料自給率38%という厳しい数字では、禁輸政策など予期せぬ事態に対して盤石さを欠くことを示しています。実は過去に教訓があって、1973(昭和48)年、アメリカのニクソン大統領が自国需要を優先した大豆禁輸政策(約3カ月間)に踏み切ったことで、輸入国の日本では豆腐、納豆、味噌みそ醤油しょうゆが一時、店頭から消えたことがありました。いくら友好国・同盟国であっても非常事態での食料提供は期待できないのです。いつでも食料を輸入できるのは当たり前と日本人は刷り込まれていますが、国の防衛と同じで、国民の生命、胃袋を他国に任せることを異常と思わないほうが異常なのです。
 「でガエル現象」という言葉がありますが、かえるを常温の水に入れて徐々に水温を上げていくと、逃げ出すタイミングを失い死んでしまうという寓話ぐうわを基に、環境変化に対応する重要性や難しさを説く警句です。今の日本は借り物の「暖衣飽食」で、輸入頼みの食生活を謳歌おうかするのではなく、自分たちが食べる物は自分たちで生産する「気概」が欠かせない時代が到来しています。自国民の生命は自国で守るしかないのです。私たちは「茹でガエル」と決別し、あらゆる事態への備えが急務で、いざという時に慌てることがないよう「自助」の概念、心構えを持つ覚悟を問われています。もはや「想定外」の弁明は通用しないのです。
 農業生産の増大と適切な備蓄を組み合わせることで、平時からの食料確保が実現可能になります。自国民の食料を確保するには、自国の農業を強靭きょうじんに、持続可能にすることから始まります。そのためには、担い手の確保が大切です。どんな産業でも労働力は振興の要で、日本農業が衰退した最大の要因として担い手の高齢化と大幅な減少に突き当たります。だからといって安易に外国人就労に頼る拙速な手法は「その場しのぎ」「付け焼刃」となりかねません。技能実習生を送り出す各国も経済成長に伴う労働需要の高まりで早晩、人材供給は難しくなるからです。まずは、若い担い手を確保することが必要です。障がいや病気、ひきこもりなど「働きづらさ」を抱えている人も含め誰もが就農し活躍できる「ダイバーシティ農業」の実現を目指したい。近年、家族経営だけでなく、サラリーマン農家として農業法人に就職する若者も多く現れ、49歳以下の若い担い手が増加しています。この動きを裏付けるかのように、若者の意識に変化が見られ、日本財団が昨年8 月に実施した「18歳意識調査(1,000人回答)」では43.5%が将来住みたい場所として「都市」より「地方」を選びました。コロナ禍でのテレワークの浸透によって、東京一極集中の流れに変化の兆しが見えるのは、地方の基幹産業である農業にとっても、追い風になります。若手農家が主導する足腰の強い農業で「食の安全保障」を確立することで、食料自給率もおのずと政府目標の45%を達成できるはずです。

魚を与えるより釣り方を教える

 2020年1月、国際非政府組織「オックス・インターナショナル」は、「世界の富豪上位2,153人の資産が最貧困層46億人の分を上回る」と報告しました。このような過度の格差や富の偏在が生じるいびつな社会は許されるものではありません。コロナウイルスでも、誰もが感染は怖いからこそ、自分や近親者だけは防ぎたい、といった自分主義を乗り越え、世界中の皆で支え合い、助け合って戦うしかないのです。
 日本財団では途上国の目線に立って支援する国際貢献に取り組んでいます。アフリカの食料問題の解決には35年前から取り組んでいます。1984(昭和59)年、エチオピアを中心にアフリカを襲った大飢饉だいききんの惨状を何とか救いたいという一念だけで行動に走ったことが契機となって、ジミー・カーター元大統領や「緑の革命」でノーベル平和賞(1970年)を受賞した故ノーマン・ボーローグ博士の協力を得て、1986年、笹川アフリカ協会(SAA)を設立しました。SAAではアフリカ連合(AU)、アフリカ開発会議(TI CAD)、国際協力機構(JICA)と連携して、食料生産の増大に尽力しています。設立当時、アフリカではプランテーションによる外貨目的の商品作物の栽培が中心で、自国民に食料を供給できない構造的な問題を抱えていたのです。「魚を与えるより釣り方を教えよ」という父・良一の助言の下、農業に携わる人材育成、技術供与に取り組みました。南スーダン、タンザニア、ガーナなど14カ国で約6,000人の農業普及員を育成し、文字通り、近代農業の普及に向けて、第一線の現場で活躍しています。国の発展には道路や港湾などのインフラの整備は欠かせませんが、将来を切り開いていくのは人です。アフリカ諸国を回っていると、SAAで学んだ経験者に会う機会が増えました。SAAの人材育成や技術協力の支援が自国の発展に役立っていると伝えてくれる彼、彼女たちの姿を見るにつけ、我々の国際貢献は評価を得ていると確かな手応えを感じます。また、SAAが活動している国において、感謝の意を込めて、子どもの名前に「SASAKAWA(ササカワ)」と付ける親がいて、こんなに誇らしいことはありません。

「共助の精神」「惻隠そくいんの情」を取り戻す

 長年、ハンセン病制圧や偏見・差別の撤廃を国際社会に訴えるため、世界各地を飛び回っていますが、日本ほど食べ物があふれ、躊躇ちゅうちょなく廃棄されている国はありません。世界には飢餓に苦しんでいる人が約6億9,000万人いると推定されますが、日本の食品廃棄量は年間612万トンで、国民1人当たり1日約132グラムで一膳分のご飯が捨てられているのです。自給率38%の日本が食料を大量輸入し、大量廃棄することによって、国際的な食料の偏在、不均衡をもたらしていることは、とても由々しき事態です。自由で豊かな戦後社会のもと、日本の良き伝統である「もったいない」「利他の精神」が希薄になり、自分さえ良ければいい、という風潮が蔓延まんえんしてしまったことを象徴しています。食品廃棄を減らすことは、飢餓や貧困に苦しむ人たちを思いやり、互いに助け合って生きる日本人の「共助の精神」「惻隠の情」を取り戻すことでもあります。
 日本は古来、瑞穂みずほの国で、気候風土に適した稲作が農業の礎であることは今も変わりません。生産力は旺盛ですが、残念ながら、消費減によ需給ギャップ、生産調整の問題があります。今や一般家庭のパンへの支出額は米を上回っていますが、いつから日本人はパン好きになって、米を食べなくなったのだろうか。その要因は「戦後体制」にあります。終戦後、GHQはアメリカ国内の余剰小麦を支援物資という美名の下に占領下の日本に売り付けました。学校給食で子どもにパンを食べさせ、小麦や油脂などアメリカ産農産物を使用する料理を普及するキッチンカーを全国隅々に走らせ、栄養改善という大義名分で日本人の主食を米からパン、小麦製品に転換することを狙ったのです。食生活・食嗜好しこうのアメリカ化を狙ったGHQの占領政策が現在に至るのです。GHQによって草案が作成された日本国憲法と同じ構図で、成り立ちや経緯に問題があります。コロナ禍の今、私たちは自分の問題として、食料廃棄や自給率の問題に関心を持って、「食の安全保障」について、国民皆で議論する必要があるのです。
 JAには、品質の高い日本の米を消費喚起することに力を入れてもらいたい。JA全中の中家徹会長は、自国民が消費する食料は自国で産出する「国消国産」を提唱していると聞きました。100%自給できる米を食べることは、食の安全保障確立だけでなく、余分な食料の輸入を減らすことにつながり、世界の貧困、飢餓の問題にも寄与できます。一膳のご飯を捨てるのではなく、食べるという、私たちの意志ある選択によって、かつて日本人が持っていた「利他の精神」を再び取り戻し、皆で皆を助け合う社会にしていかねばならないと思っています。
 JAには、自信を持って、米をはじめ国産の農畜産物を食べる意義を国民にきちんと発信する責任があります。これまでJAは自己主張を控え、発信が下手な印象を受けます。情報社会では、自らの主張をきちんと発信する必要があります。
 私は「国消国産」の理念に大いに賛同しています。中家徹会長には、先頭に立って積極的にリーダーシップを発揮されることを期待しています。

ささかわ・ようへい

1939(昭和14)年東京都生まれ、明治大学政治経済学部卒業。日本財団会長、WHOハンセン病制圧大使、ミャンマー国民和解担当日本政府代表など多くの公職を務める。40年以上にわたりハンセン病の制圧と患者差別撤廃に力を注ぐ。2014年、国際法曹協会「法の支配賞」、2019年、「ガンジー平和賞」など受賞多数。2019年、旭日大綬章を受章し、文化功労者にも選出された。著書に『残心 世界のハンセン病を制圧する』など。2006年から産経新聞「正論」においてオピニオンを提言し、利他の精神の重要性などを説いている。2019年「第35回正論大賞」受賞。

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