私のオピニオン
熊﨑 勝彦

Kumazaki Katsuhiko
弁護士、元東京地検特捜部長

伝説の特捜検事が語る
あなたの仕事の本質、本髄とは何か
「人格を磨くこと」で分かるもの

予断のない、白紙の心で人と向き合う

春、多くの若者が社会人としてスタートします。若い人には「自分の職業の本質、本髄は何か」しっかり心に留めていただきたい。仕事で悩んだり、迷ったりしたとき、必ず、そこに帰着します。私は32年余り、検察官を務めました。その職の本質は「真実を明らかにすること」です。被疑者の取り調べや証拠物の捜索などを行い、起訴、不起訴を決めるわけですが、真実の前では誰しもこうべを垂れなくてはなりません。たとえ大きな風圧を受けても、「証拠に愚直、職に愚直」であろうと心掛けて検察官人生を全うしました。
 検察官が向き合うのは人です。人間は非常に複雑で、心の裏の裏まではなかなか分からないものです。生まれた環境、育ち方、経験、さまざまな要因が絡んで、人は過ちを犯したり、嫌疑をかけられたりします。当人と対面し、あるいは関係者に事情を聴き、真相に近づく。供述一つ得るのも容易ではない。予断のない、白紙の心で接しなくては正直に話してはもらえないものです。

自分をさらけ出すことで「共感」を得る

 厳しい事件を担当していた頃、特捜部の先達による捜査の心得『特捜検事ノート』を読み、別の検事の言葉として紹介されていた言葉が強く胸に残りました。「真の自白は取調官の人格の反映」という一節です。取り調べは人格と人格の 対峙 たいじ 、ぶつかり合いであり、己の人格が磨かれなければ、相手は堅い胸襟を開いてはくれない。人格に尽きるのです。
 では、未熟な自分が取り調べに際して、いかに人格を磨けばいいのか。私が自らに課したのは、誠実さを貫くこと、うそをつかないことです。どんなに熱心に語り掛けても、そこに一つでもうそがあれば、相手は真実を話してくれません。うそをつけば信じてもらえなくなるからです。真の自白は、被疑者と取調官との心と心の通い合い、つまり「共感」が成立してこそ得られるものです。この人ならしゃべってもいい、と思われなくてはいけません。そのためにはこちらも自分がどういう人間かさらけ出すことも、自分の生まれ育ちから話すこともある。一方で、たとえ凶悪な犯罪に手を染めた人でも、谷底に突き落としてしまうのではなく、人間として精神的に救いたい。決して刑を軽くするというのではなく、魂を救いたいという思いも私の根っこにはありました。これは性格なのでしょう。もちろん被害者は誰よりもつらい。だから、心の中で被害者とともに泣き、被疑者とともに泣いて供述を得たものです。

事件は時代を語り、時代を映す鏡

 検察、特に東京地検特捜部の仕事は、社会的に大きな影響を及ぼすことがあるのでさまざまな風圧を受けることもあります。例えば1998年に特捜部長として担当した「大蔵省接待汚職事件」もその一つでした。財務省と金融庁に分かれる前の大蔵省は巨大官庁で日本のあらゆる分野に深く関わっていました。各省庁の予算編成も左右する。手をつけるかどうか、悩みました。しかし金融界の護送船団方式が長く続いたために癒着が生じ、職員が違法な接待漬け。証拠も十分そろっていました。以前、戦後最大の疑獄といわれたロッキード事件を担当した吉永祐介さん(第18代検事総長)から捜査の着手につき、「柿は熟してから落とすんだよ」と言われたことがありました。証拠も、時も熟していた。国民の信頼あっての検察と考え、捜査に着手するべきと判断し、大蔵官僚の逮捕、起訴に至ったのです。今から思えば、バブル経済がはじけて、大きな政府から小さな政府へ、護送船団方式から市場競争型社会へと社会構造が大きく変わる時代を象徴する事件でした。事件は時代を映す鏡なのです。

若者よ、人と会って、人生を学べ

 どんな仕事でも思うようにいかない壁にぶつかることでしょう。そのとき困難から逃げたら、次に同じような壁に直面したら二度と突破できません。若い後輩には壁を真正面から受け止め、修羅場をくぐれ、場数を踏みなさいと言っています。その壁に小さな穴を開けたら、事件の全貌がさぁーっと見えてくることもある。他の仕事でもそうではないでしょうか。
 振り返ると、多様な人と面談し、取り調べる中で、人間とは何か、人生とは何か、ずいぶん学ばせていただきました。分野は違っても若者にはいろんな人と接して、学んでほしい。もちろん犯罪者と付き合えと言っているのではありません(笑)。活動範囲を広げ、人と会えば人格も磨かれます。
 そして、フレッシュな若者を迎える上司の方々には、ぜひ、少数意見にも聞く耳を持ち、言いにくいことでも言える風通しの良い職場環境をつくっていただきたい。日本人は同調圧力が強い。いい面でもあるけれど、これが過剰だと個が機能しなくなり、組織が衰弱します。私の経験では、少数の部下が大勢に流されずに言った意見が正しかったことが何度かあります。少数意見は貴重な意見だと捉え、聞く耳を持ってほしい。それが組織的な失敗を防ぐ、一つの方法です。
 国難ともいえるコロナ禍の状況のもと、ご苦労が多いかと思いますが、常に前向きに頑張っていただきますよう祈念いたしております。

くまざき・かつひこ

1942年岐阜県下呂市生まれ。明治大学法学部卒業。72年に検事任官(24期)。名古屋地検で検事として第一歩を踏み出す。83年東京地検特捜部に、特捜検事としてリクルート事件、共和汚職事件、ゼネコン汚職事件、金丸信自民党副総裁の巨額脱税事件等の特殊重大事件の捜査に携わる。金丸氏から、全面自供を引き出すなど活躍し、検察への国民の信頼を高めた。96年、東京地検特捜部長に就任。「最強の捜査機関」を率いて、4大証券・大手銀行による総会屋への利益供与事件、大蔵省汚職事件等の捜査を指揮した。さまざまな「風圧」を感じながらも、権力への最後の とりで として、「職に愚直、証拠に愚直」という思いを胸に抱き、捜査にあたった。仕事が終わると若手検事を部長室に招き入れ、自らが手掛けてきた事件を語って聞かせ、後進を育てた。2004年、最高検察庁公安部長を最後に退官。14年から17年まで、第13代日本プロ野球コミッショナーを務めた。現在は弁護士の傍らテレビのコメンテーター等としても活躍している。共著に『平成重大事件の深層』がある。

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