私のオピニオン
詫摩 佳代

Takuma kayo
東京都立大学教授

自国第一主義を超えて
国際協力とワクチン格差解消がコロナ収束を導く

ままならない途上国のワクチン調達

 世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長が新型コロナの流行状況に関し、「パンデミック(世界的な大流行)」との認識を示してから1年が過ぎたが、世界各地でいまだに感染は続いている。誰もが一刻も早い感染収束を願う中、現時点での唯一の頼りはワクチンである。昨年末、アストラゼネカ、ファイザーが高い有効性を示すワクチンの開発に成功、12月にはイギリスとアメリカで相次いで緊急使用許可を得て接種が開始された。今年2月には、アメリカでジョンソン・エンド・ジョンソン社製の1回接種型のワクチンが緊急承認された。一連の動きは、新型コロナの収束あるいはウイルスとの共生に向けた明るい兆しだと言えるが、ワクチンの供給や普及に関しては、未だに多くの課題が存在する。
 中でも最大の課題は、ワクチンアクセス格差をいかに解消するかである。医薬品として販売される以上、各国の購買力の差がアクセスの格差を生み出す。先進国の中には、全国民に5回以上接種できる量のワクチンを確保している国もある。他方、途上国では新型コロナの影響で通貨安と財政難の危機が高まっており、適切な国際支援がなければ、ワクチン調達もままならない。2021年2月、国連のグテーレス事務総長は「世界で出回っている75%のワクチンが10の先進国で接種されている一方、130にのぼる国々は全くワクチンを確保できていない」と格差の現状を指摘した。

ワクチン格差がもたらす3つの「影響」

 こうした問題にアプローチするため、昨年「COVAX(コバックス)ファシリティ」が成立した。COVAXは日本を含む180以上の加盟国が約200億ドルを共同出資し、候補ワクチンを複数囲い込み、2021年末までにWHOの事前承認を受けた20億回分の安全で効果的な新型コロナワクチンを提供することを目指すグローバルパートナーシップである。COVAXには当初の目標額を超える資金が集まり、2月末からアフリカ諸国への供給が始まった。またバイデン政権もCOVAXへの参加を表明し、2021年2月に開催されたG7サミットでは、COVAX への関与を強めることで一致した。
 他方、制度が整えられたからといって、ワクチンをめぐる問題を完全に楽観視できるわけではない。COVAXが肝心のワクチンをどれだけ確保できるのか不透明な部分が多い。ワクチンへの公平なアクセスがかなわないと、国際秩序の観点からいくつかの影響が予想される。
 第一は感染収束や世界経済回復の遅れが生じうる。米国ノースイースタン大学の研究室が20億本のワクチンを①先進50か国が独占する場合と、②各国の人口に応じて平等な割合分配する場合の2つのシナリオを比較した結果、①は②に比べて2倍近くの死者数が出て、感染が続くという結果を出した。またデューク大学グローバルヘルス研究所は公平アクセスが実現されなければ、先進国に約1,200億ドル余りの損失をもたらすだろうとの試算を発表している。人道的な観点からのみならず、感染収束や世界経済回復といった実質的な観点からもワクチンへの公平アクセスが必要であることが示された形だ。
 第二の影響は、途上国と先進国の対立の助長である。世界貿易機関(WTO)の会合では、インドと南アフリカは新型コロナワクチンに関する強制実施権の実施を認め、安価なワクチン製造を可能にするべきだと主張、大手製薬会社を有するスイス、英米らは反対の姿勢を維持、新型コロナワクチンに関わる特許権の扱いに関する先進国と途上国の対立が続いている。今後、接種が進む先進国と、そうでない途上国の格差が広がれば、国家間の不信や対立を押し広げる可能性も否定できない。
 第三の影響は、中国の台頭である。上述の通り、COVAXの先行きには不透明な部分も多く、その不安を埋め合わせる形で、中国とロシアが国産ワクチンを途上国に輸出している。他方、中国産ワクチンに関しては、その安全性や有効性を裏付けるデータが十分に公開されておらず、万が一、有効性に問題があった場合、効かないワクチンを接種していることとなり、収束に向けた努力に影を落とすことになりうるとの指摘もある。

ワクチン公平分配へ 日本の役割とは

 危機的な状況に立たされる各国が何よりも自国民分のワクチンを確保しようと努めることは国家として当然の行動であろう。問題は、そうした国益確保の姿勢と国際公益維持のバランスを、この危機の最中にあって、いかに図っていくかということである。それは人道的な観点からというよりも、一刻も早い収束と経済の回復という恩恵をもたらしてくれる点にも注意が必要だ。
 そのためには何がなされるべきだろうか?
 第一は、COVAXの確実性を少しでも高めていく努力である。ロシアをはじめ、COVAXに未加盟の国が存在する中、各国に公平アクセスの重要性を説き、参加を呼びかけること、ワクチンの公平アクセスの重要性を確認するような国際会議の招集も、日本には期待されるだろう。
 第二は、ワクチンを国際的に承認するようなシステムの創設である。現状では、ワクチンの承認プロセスは各国に委ねられ、データや情報が少ない非欧米産ワクチンを承認している国も存在する。国際的な承認プロセスを確立し、それをクリアしたワクチンを積極的に利活用する道を開けば、公平アクセスを改善することにつながりうる。
 このほか、世界的なワクチン増産に向けてさまざまな努力を積み重ねることも求められる。例えば3月、バイデン政権はジョンソン・エンド・ジョンソン社のワクチンをメルク社がライセンス生産する契約の仲介の労をとった。英アストラゼネカ製ワクチンもインドでライセンス生産されている。増産に向けた確かな一歩となっている。
 国境のないウイルスに対しては、世界規模で収束を目指さないと意味をなさない。そのような視点でもって、日本には世界的なワクチン不足、ワクチンへのアクセス格差を解消する努力が求められている。

たくま・かよ

1981年、広島県生まれ。2005年、東京大学法学部卒業、10年、東京大学大学院総合文化研究科・国際社会科学専攻(博士課程)単位取得退学。博士。専門は国際政治、グローバル・ヘルス・ガバナンス。20年、東京都立大学教授に就任。同年に著書『人類と病』でサントリー学芸賞(政治・経済部門)を受賞。
https://twitter.com/takuma_kayo

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