私のオピニオン
斎藤 幸平

Saito Kohei
大阪市立大学大学院准教授

資本主義の歪みに抗する
協同組合型の農業で「新しい社会」を

人新世ひとしんせい」と農業

 いま私たちが生きている時代は、地質学では「人新世」と呼ばれています。人間の活動の痕跡が地球を覆い尽くした年代という意味です。実際、私たちの周りにはビルや工場が立ち並び、海洋にはプラスチックが大量に浮遊しています。
 特に深刻なのは、大気中における二酸化炭素の増大です。人間が化石燃料を大量に使用するようになったため、二酸化炭素がどんどん排出され、大気中まで人間の痕跡で覆われてしまったのです。
 二酸化炭素と聞くと自動車のことを思い浮かべがちですが、実は農業も関係しています。世界の二酸化炭素を含む温室効果ガスの21〜37%は、食料の生産・消費に関連するといわれています。これはよくよく考えれば不思議なことではなく、農業では機械化が進んでおり、トラクターなどが人間の代わりに作業するようになっています。その機械を動かすために化石燃料が使われているのです。
 農業で用いられる化学肥料も、二酸化炭素の増大につながっています。20世紀初頭に「ハーバー・ボッシュ法」というアンモニアの工業的製法が開発され、廉価な化学肥料の大量生産が可能になりました。このアンモニアの製造に天然ガスが必要なのです。
 多国籍アグリビジネスが次々に森林を伐採していることも無視できません。これは二酸化炭素の増加だけでなく、感染症拡大の原因にもなっています。森林を切り開くために自然の奥深くまで入っていけば、未知のウイルスと接触する機会が増えるからです。
 私たちの社会は効率性を追求しており、農業でも生産効率のよい作物ばかり栽培されています。その結果、多様性が失われ、モノカルチャー化が進んでいます。モノカルチャー化した世界では、自然の複雑な生態系とは異なり、ウイルスの抑制ができません。作物の一部でもウイルスに感染すれば、全てがウイルスに感染してしまいます。
 新型コロナウイルス感染拡大の背景にも、同じ構図があります。今年は鳥インフルエンザも深刻ですが、これも畜産の世界でモノカルチャー化が進んでいるからです。

「コモン」としての食と農

 二酸化炭素排出量が大きく増え始めたのは、産業革命以降です。つまり、資本主義が本格的に始動してからです。 資本主義社会では地球上のあらゆるものが商品化されます。商品にはお金を持っている人しかアクセスできません。しかし、水や電力、住居、医療、教育など、誰もがそれなしに生きていけないものは、商品化すべきではありません。社会的に共有され、管理されるべきです。これが「コモン」という考え方です。「コモン」というとソ連のコミュニズムと結び付ける人が多いと思いますが、全く異なります。ここで重視されるのは、市民たちが自らの手で民主主義的に管理することです。「コモン」とはアメリカ型新自由主義とソ連型国有化の両方に対峙たいじする、第三の道なのです。
 食もまた「コモン」の一つです。人間は生きるために食料を必要とするので、誰もがアクセスできる状態になっていなければなりません。
 しかし、現実にはそうなっていません。グローバル・サウスと呼ばれる地域には、農産品の純輸出国であるにもかかわらず、収穫物をどんどん先進国に輸出しているため、国内に多くの貧困層を抱えている国もあります。 例えば、南アフリカはアパルトヘイトの負の遺産のため、白人を中心とした20%の大規模農家が農業生産額の80%を生み出しています。その結果、アフリカ最大の農産物輸出国の一つであるにもかかわらず、飢餓率が26%に上っています。アパルトヘイトのもと、地力が乏しく、水へのアクセスも悪い土地を割り当てられた非白人の小規模農家は、自給自足もままならないのです。
 その一方で、農産物を輸入している先進国では、消費しきれずに捨てられる食料が大量に存在します。輸出国で飢餓が生じているのに、これほどの不条理があるでしょうか。資本主義のゆがみが端的に現れた問題だといえます。

持続可能な農業の実現に向けて

 こうした問題を解決するため、国際社会ではさまざまな試みがなされています。例えば、「南アフリカ食料主権運動」です。この運動は小規模農業経営者や農業労働者、NGOなどが中心となり、協同組合型の農業を促進しています。農民たちが自分たちの手で協同組合を設立し、NGOが有機栽培に関する教育などを行うことで、巨大なアグリビジネスに独占された技能を農民の手に取り戻そうとしています。
 また、2018年には国連で「小農の権利宣言」が採択されました。これは小規模農業生産を行っている人たちが、何を作ってどのような価格にするか、それを決定する権利を認めたものです。自家採種を行うことや、適切な価格で種子を手に入れることなども認められました。
 農業は自然のサイクルに強く依存するので、資本主義と相性がよくありません。それを乗り越えるため、機械や化学肥料を使用し、遺伝子組み換えまで行われていますが、それでも農業を完全に資本主義化してしまうことは困難です。
 だからこそ、農業には「コモン」が比較的残っているのです。資本主義に完全に支配されていないからこそ、資本主義とは異なるビジョンを提示し得るのです。そこに農業の可能性があります。
 いま農業の前には道が開かれています。今後も機械化を進め、化学肥料をどんどん使っていくのか、それとも食料主権運動や小農の権利を求める運動と連帯し、持続可能な農業を実現するのか。
 私たちが選択すべきは後者です。若い世代のためにも、こちらの流れをプッシュしていくことが重要だと思います。

さいとう・こうへい

1987年生まれ。ウェズリアン大学政治経済学部卒業、ベルリン・フンボルト大学哲学研究科博士課程修了。博士(哲学)。専門は経済思想、社会思想。『Karl Marx'sEcosocialism: Capital, Nature, and the UnfinishedCritique of Political Economy』(邦訳『大洪水の前に』)で2018年「ドイッチャー記念賞」を日本人初、歴代最年少で受賞。『人新世の「資本論」』で「新書大賞2021」を受賞。編著に『未来への大分岐』など。

「人新世」とは ノーベル化学賞を受賞したオランダの大気化学者パウル・クルッツェンによる造語。産業革命以降、人類の経済活動が地球環境に与えた負の影響は大きく、危機の時代に突入したことを「人新世」と名付けました(編集部注)。

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