私のオピニオン
江口 文陽

Eguchi Fumio
東京農業大学 学長

産官学民連携での
国消国産の推進を目指して

生産を基軸とした異業種連携

 わが国が独自の先進的技術を保持して国際競争力の中で躍進するには、これまで以上に優れた知的財産権を創出し、各種の“ものづくり” を基軸とした業界の活性化が不可欠です。そのためには、社会のニーズに対応したシーズを展開していくことが必要です。さらに、シーズの価値観を現在のニーズとマッチさせることはもとより、少し先行した時代のニーズへと対応させる先見性を磨くことです。新規生産物の創出のためには、産官学民「産=企業・官=行政・学=大学や研究機関・民=生産者」の有機的な連携が大切です。
 「学」が保有するシーズの中には、農林水産物を扱う産業界や生産者とのマッチングによって新規有用作物や加工物を作り出すことが可能なものがあります。
 わが国では、異業種連携や包括的連携といった言葉が「流行」のように目に付くようになりました。しかしながら実社会における連携事業の中には、その取り組みが誤った観点において推進され、成果なき連携になっていることも多いようです。真の効率的な連携による成果は、それぞれの立場の人材がお互いに高いレベルの意識で研究開発や製品化および効率的な生産をスピーディーに行うことが重要です。

公的研究機関の有効活用

 産官学民の連携による「成功への道」を推進することを前提として、私論も含めて見解を述べます。大学などの研究者が実用化の見込める新技術に対して自らプレゼンテーションを行い、企業や生産者とのマッチングによって技術導入が図られる例も多くなってきました。しかしながら、わが国では一般的に産官学民における「学」は、大学や高等専門学校などを指す見方が大勢を占めています。「学」とは、研究や開発を基盤とする全研究(技術)者を指すもので大学とは限らないのです。すなわち、公的競争資金(税金拠出を含む)獲得へのチャレンジが可能な教育、試験研究機関も「学」に分類され、分配投下式による予算を利用した試験や管理研究のみではなく、新規性、独創性に富み、産業創出を目指す有用研究を競争的かつ意識的に行うことが必要です。
 特にわが国は、私が学生や院生だったバブル期において、中央からの投下方式の予算によって全国横並びの「はこもの」研究施設と稼働率の少ない、時には稼働なき高価な精密機器などが試験研究機関に設置された事例もあります。これらの施設や機器の有効活用が産学連携および新技術創出への近道として利用できることも多々あります。公設機関の利活用にあっては、機器の運用資金や人材面で問題が散見されるのも事実ですが、その対応にこそ行政が力を注ぐべきです。
 生産コストの安い諸外国に対応して日本経済を活性化するためには、独自の知的財産権や開発権などを行使していくことが必要です。そのためには、勤勉という日本人の特質を再度思い出して、社会のニーズに応えられるシーズの基盤構築と応用への変換を各領域の研究者や技術者が保有機器やマンパワーを駆使して競争的に取り組むことが何よりです。

マッチングがカギ

 欧米諸国においては、特許権を保持した流動研究者が大手企業や投資家とのマッチングによってベンチャービジネスを展開していることも多く見られます。現在、製造業を中心とする生産・開発企業や研究推進型の農林水産事業者は、広く世界の学(人の頭脳を含む知的財産)に目を向けていくことが必要です。また、わが国で見られる産学連携では企業が研究者に費用投下し、研究者は保持する技術を提供する考え方が一般的になっています。しかしながら、そのような考え方では経済の低迷を抜本的に改革して国際競争力のある連携としては機能しないのが事実です。
 効果的な産学連携推進のためには、企業や団体側は、大小にかかわらず独自の研究開発や品質管理部門を持つことも必要です。その研究開発に取り組む人材を社会人博士課程などの制度を活用して大学へ派遣し、知的財産権を考案する技術開発力を産官学民共同で磨き上げるとともに、学位を持つ研究型技術者(企業人・農林水産事業者・農協等の団体職員など)の育成へとつなげることも一つの方法と考えます。
 さらに産官学民の連携では、より効率的なマッチングが成功のカギとなります。私が知り得るマッチングにおいては、コーディネーターが抑制になったケースも多いのです。連携する双方ともにコーディネーターに対する目利きも必要です。時に大企業出身者がコーディネーターとして仲介を斡旋あっせんすることもありますが、連携の実施は事業者と研究者との相性が重要なので、コーディネーターの経験のみに頼ることや意図する連携ではなく、ルールや契約基本方針を双方が納得した上で、産官学民の直接交流での連携が何よりです。とかく日本の産官学民の連携は、契約書なきまま進行することも見られてきましたが、これは双方にとって益なき行為です。
 さらに、いろいろな連携が推進されても互いにその成果に対して第三者的評価基準を持って再確認することが必要です。そのためには、一貫した哲学を持つこと、特許出願や学術論文の作成を行うことが必要です。
 私自身も上述した哲学を貫いて複数の連携の実践をこれまでに推進してきました。しかしながら、その成果は、まだまだ小さなものにすぎません。そこで私は、知的財産権を生かしたアントレプレナー教育を「東京農業大学」で最大限機能させたいと考えています。
 農学という学問領域は、私たちの身近な生活の中にある分野です。東京農業大学の「総合農学」の教育・研究は、山頂から森林、里山、都市、河川そして海洋までの地球そのものがフィールドです。そのフィールドから採取された、あるいは栽培によって得た生産物を農場や研究室に持ち込み、あらゆる角度から解析した後、安全にそして安心できる素材として流通させて収益を得るために実用化することが肝心です。
 狩猟生活の中では、安定で豊かな生活を得ることはできなかったはずです。したがって、フィールド科学からラボを基盤とした基礎と応用による科学研究を展開し、「もうけるためには」「生活を楽しくするには」といった想像力と独創性を開花させるための起業および就農を意識したアントレプレナー教育を運用したいのです。
 また、その教育から産み出された生産物、加工品、人材と文化、さらにはその地域に脈々と受け継がれてきた名産品を国内外に明確に伝承する「東京農大ガストロノミー」を推進するスタートに東京農業大学は立っています。
 実学主義の東京農業大学だからこそ自分の行ってきた研究が社会に貢献できるシーズなのかを問う挑戦を学生諸君には体験してもらいたいのです。とかく大学の研究は、基礎研究であり即戦力および実用化には繋がらないといった厳しい評価を受けることもありますが、大学発の技術をもとに大学内にベンチャー企業などを設置する意味は、将来が期待される基礎を習得する学生にも、実験に失敗すれば資金損失になることを体感してもらえるとともに、どの段階でどんな純度の試薬を選定するのかといった実験計画、精度を考えた計画案も策定することになり、経営感覚が身につく指導となり、起業、就農、就職先での即戦力となる人材教育が展開できます。
 私自身きのこを基盤とした大学発ベンチャー企業を起業した経験を持っており、多くのことを学んだからこそ伝えたいのです。
 東京農業大学では現在、「昆虫食」「草ストロー」「有機栽培野菜」「発酵食品」「化粧品」「精油」「農業コンサル」といったキーワードを持つ学生ベンチャーも動き始めていますので、私は期待とともに応援体制を強化したいと考えます。

連携成功のために

 各業界と連携することは、スピードと連携の在り方が重要です。連携推進はどちらかに負担が大きくかかるのではなく共同体制のシステム作りが不可欠です。
 産官学民の連携が適正に強化されれば、ものづくり大国日本から多くの生産物、新規製品が誕生することが大いに期待できます。その中には、私が専門とする未知の可能性を秘めたきのこ製品も誕生させることも目指します。
 東京農業大学はこれまでにも多くの農業協同組合との包括連携を締結してきましたが、さらなる連携とともに新たな取り組みにもチャレンジします。全国の農業協同組合との連携によってわが国の1次産業の活性化と衣食住に関する素材の自給率の向上、すなわち「国消国産」の運動をさらに推進します。

えぐち・ふみお

1965年群馬県生まれ。1988年東京農業大学農学部林学科卒、1993年同大学院博士後期課程修了、日本学術振興会特別研究員、高崎健康福祉大学助教授(2001年)および教授(2004年)を経て、2012年東京農業大学地域環境科学部森林総合科学科教授、同大「食と農」の博物館長、森林総合科学科長などを務め2021年4月より現職。
専門分野は林産化学、きのこ学。社会的な活動として、日本学術振興会学術システム研究センター専門研究員、ミラノ万博日本館サポーター等を歴任。日本木材学会賞、森喜作賞、東京農大貢献賞などを受賞。

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