対談

土屋 敏夫 日本生協連会長

中家 徹 JA全中会長

コロナ時代における
協同組合の役割について

新たに日本生協連の会長に就任した土屋敏夫さんと中家徹会長(全国農業協同組合中央会会長)が、2021年7月13日、JCAの比嘉専務による進行のもと、コロナ時代における協同組合の役割について語られました。
その内容について、『月刊JA』では9月号・10月号の2号にわたり、紹介いたします。

比嘉専務: 新型コロナウイルス感染症の拡大は、未曽有の事態を引き起こしています。世界各国では感染拡大を抑えようと取り組んでいますが、コロナ禍の脅威は、医療危機にとどまらず、社会経済全体に及んでいます。こうした中、2021年の国際協同組合デーでは、「協同組合は、力を合わせて、コロナ後の社会の再建に貢献します」といったスローガンを発表し、取り組み報告が行われました。世界中の協同組合が、コロナ禍の危機に対し連携と強靭きょうじんさを持って立ち向かうことで、回復をもたらすことを期待しております。
 本日は、新たに会長に就任された日本生協連土屋会長、そしてJA全中の中家会長に、コロナ時代、SDGs時代における協同組合の役割やJCA への期待などお話をいただきます。
 まずは、日本生協連土屋会長より、自己紹介をお願いいたします。

土屋会長: 大学卒業後、都民生協(現在のコープみらい)に1982年に職を求めて、店舗など共同購入の現場から商品部など本部での業務をいろいろ経験しまして、その後にコープネット事業連合に移り専務理事となり、関東信越の生協の連帯や、日本生協連との共同事業や商品共同開発などに関わってきました。名前をコープデリ連合会と変えた後も引き続き会員生協間の連帯の進化……やはり生協というのは会員生協との関係でも組合員が見える関係でなければ事業連合もいけないということで、単位生協と事業連合の関係性を深くすることに注力してきました。その上で、日本生協連との関係でも共同事業を進める上で、いろいろと前進もしたり停滞もしたりと腐心しながら進めてきました。
 日本生協連は今年創立70周年ということで、改めて生協の歴史、消費者運動の歴史というものをしっかりと学び進めたいと思います。日本生協連が70年続いていることは、戦前戦後の貧困……米騒動など苦しい生活情勢の中で生まれ、またその後の高度成長の中、いかなる苦しい状況でも、消費者のニーズに寄り添い、ぶれずに頑張ってきた証しであると思います。その精神を受け継ぎ、現在の課題である持続可能性を裏付ける新しい社会システムへの模索、消費者とともに進んでいかなければならないと思っています。

比嘉専務: 中家会長も、自己紹介をお願いいたします。

中家会長: 私は、和歌山の果樹専業農家の長男として生まれました。JA全中が新たに開校した中央協同組合学園の第1期生として入学しました。そこで初めて協同組合の理念や素晴らしさを知りました。当初は農業に就こうか、農協に入組しようかという悩みはありましたが、父親に相談したら、それならば農協で仕事をしたら、と言ってもらえたので、やはり協同組合運動は現場にいなければ、ということで卒業後に地元の紀南農協(現在のJA紀南)の職員として働くこととなりました。

比嘉専務: コロナ禍においても生協グループでは、若年層の宅配利用者の増大による総供給高の上昇が見られます。コロナ禍における特徴的な取り組み、ご自身のエピソードや思い、コロナ禍での地域における協同組合の役割についてどう考えるか、今後取り組みたいこと、力を入れたいことなどをお願いいたします。

土屋会長: 最初の緊急事態宣言もしくはそれ以前の段階で、外出自粛による内食化傾向・巣ごもり需要や学校の休校などの要因により、スーパーや宅配の需要がかなり大きくなりました。数字的には、店舗が前年度比106%、宅配が116%と伸びが大きく、一方で生協の宅配事業は効率的にできていて、受注から配達まで、決まった枠の中で動いています。そのため、急激な注文の増加にはなかなか対応しきれない部分がありました。そこで、残念ながら商品を抽選にしたり、1人1個に制限したりと、組合員をはじめ、取引先や生産者の皆さまにもご迷惑をお掛けしました。
 なにより、ご注文いただいた組合員に商品が届けられないということが現実にあり、加入して利用したいという方に対しても、昨年の上期には利用をお待ちいただくことになりました。新規加入の組合員さんに利用開始をお待ちいただいたことは、40年近く生協に勤めていて初めての事態でした。今年に入っても、昨年ほどではないですが、取引先や生産者の皆さま、組合員にいろいろな意味でご迷惑をお掛けしています。生協宅配の仕組みの良さと同時に弱さを実感しました。
 昨年の2月末にマスクが不足し、その後にトイレットペーパーがなくなるといった問題が起こったときにも、適切な対応が難しくなり、モノ自体は日本国内にあるが、購買行動の集中により流通が耐えられないという事態に陥りました。その後3月後半から食品に移りますが、消費者は、危機感を覚えるとまずお米を買うんです。その後に乾麺やパスタ類、次にホットケーキミックスがなくなっていきました。これが復旧するまでかなり時間を要しました。
 危機に際して食を確保しようと利用が集中することを、責めることはできません。そこで生産・流通・備蓄の在り方を考えることになり、適切な情報提供と配分の難しさ、供給責任、食を枯らさないという責任の重みを痛感しました。そのことはSDGsの話にもつながりますが、議論すべきことなのではないかと思いました。配送正常化のために急ぎ物流を改善したり人を増やしたりと対応し、仕事のできる幅を増やして、秋には配達ができるようになっていったのですが、そんな状況の中でたくさんの「ありがとう」を組合員からいただくことができました。医療従事者・エッセンシャルワーカーへの感謝の気持ちというものもたくさん表現されていましたが、毎日商品が売り場に並ぶということを支える人たち、それを支える部署、それをつくる工場や生産者の皆さん、生産から流通、小売りまで“感謝しています” という組合員・消費者の意識が伝えられることで、職員は本当に励みになりました。ありがとうの一言で「本当に働いていてよかったな」と思えるんです。
 ただ、社会のインフラを支える人たちへの注目も高まりましたが、労働環境は決して恵まれたものではなく、その分野での社会的地位の向上など、まさにアフターコロナ時代の課題になるのではないでしょうか。
 生協は助け合いの組織ですが、消費者や組合員の中で、こうしたコロナ禍の中、助け合いの意識が大きくなりました。募金なども増え、組合員の活動などに制限は出ていますが、困難の中で新しい生協の在り方、組合員の在り方を模索していくきっかけになったのではないかと思います。

比嘉専務: JAグループでは、「国消国産」をキーワードに一時的な混乱もありましたが、フードサプライチェーンを保ち、国民の皆さまへの安定供給に尽力しました。コロナ禍でどんな報告がありましたでしょうか。

中家会長: 昨年の3月頃、学校の休校により、学校給食が止まってしまいました。そのため、牛乳が全くさばけないということから始まり、3月から4月にかけては卒業式・入学式などの式典がなくなったことで花の需要が減少。さらにインバウンド需要の減少や飲食業界の休業、ホテルや旅館なども厳しい状況の中、農産物の需要にもかなりの影響がありました。
 また、農業生産においては、外国人労働者に頼る部分も大きいので、彼らが入国できなくなるということもありました。また、観光事業も厳しい状況となり、JA厚生連病院にも大変なご苦労をいただきました。農業に対する影響、JA組織全体に対しての影響については、このコロナ禍の1年半で、集会やイベントができない状況です。人が集まることが協同組合運動の原点であるため、影響が大きいと感じています。組合員との接点を持つことは協同組合の原理原則なんです。これに大変な危機感を感じていて、組合員との対話運動を改めて強化をしていかなければと思っているところです。
 6月に総会があり、その前に地区懇談会をやってという重要な組合員との接点の場面がありますが、去年はほぼ行えませんでした。今年はなんとかしなければと開催しましたが、出席者が少ない。ということは、組合員の立場から見たときに「別にわざわざ行かなくてもいいんじゃないか」という気持ちになっているんじゃないかと、これに大変な危機感を感じているわけです。今後、どうやって組合員との接点を多くするのかを考えなければならない。われわれも組合員の皆さまと課題を共有して、お互いに考えて解決方法を見いだして前に進もうという対話運動を大事にし、改めて強化をしていかなければ、と思っているところです。
 一方で、コロナ禍の中で、農業・農村・協同組合に関して、3つの教訓がありました。農業の教訓というのは、国民の皆さまに食料を安定的に供給するという大きな使命です。日本の農業そのものについて見ると、自給率は低迷し、生産基盤は弱体化し、食料安全保障という視点からすると、非常にリスクが高い。こうした認識から、われわれは「国消国産」という考え方を大々的に発信して、皆さま方にご理解いただく取り組みをしているところです。2つ目の農村の教訓は、東京一極集中に対する是正です。今、地方分散型社会にしていこうという機運がぐっと高まっています。現在は、遠隔地で仕事ができるようになり、この動きはアフターコロナでも元に戻らないと思います。地方に対しての追い風になるのではないか。そして3つ目、協同組合の教訓は、相互扶助という概念がコロナを契機にだんだん理解されだしたのではないか、ということです。

土屋会長: 生協でも組合員や産地との交流ができなくなり、リモート活用も模索していますが、やはり現場に行って食べて、じかに交流したい。組合員と生産者の交流の場がこの1年半制限されたというのは、相互理解にとって課題を残しましたから、この後に取り返していきたいです。産地で実感した良さを職員が組合員らに自分の言葉で伝えるには、実際に行って口にしないとできません。天候の問題や原油価格とか資材の値上げとかで価格を上げざるを得ないことも、産地との生きた会話の中で実感できるわけです。リモートの良さも分かってきましたが、実際に見て食べることの大切さも実感しています。

中家会長: 交流会を開催し、現場の実態を分かってもらうことは、初めてお客さんに接するときには全く違います。初めて生産現場に来て驚く人も多いんです。例えば私も交流会に何度か行って、いろいろな話をしますが、「いやあ、ミカンってあんなにキズができるんですか」と驚いていた人がいました。その人は常に店頭に並んでいるきれいなミカンがになっていると思っていたわけです。現実には3、4割にキズがあったり傷みがあったりでダメになってるんですね。そんな驚きや発見があります。百聞は一見にしかずです。生協の職員の皆さんが消費者の方々に説明するにも、自信を持って話ができるわけですよね。やはり産地と消費者の交流というのも大事だと思います。

土屋会長: 合理化すべき部分は合理化する、リアル、実感を追求するところは追求する。しなくても商売はできるんです。交通費もかからないし楽かもしれません。でも、それは違うと思います。デジタルの強い面、良い面もありますが、失う面も大きいと思います。

中家会長: 合理化してラクにもうける。それはそれでいいのかもしれないけれど、協同組合はそうではないんですよね。人と人との接点を大事にしなければいけない組織ですからね。いくらか効率が悪いかもしれないけれど、そこは重視していかないと。

つちや・としお

1957年東京都生まれ。1982年に都民生協(現在のコープみらいに就職)。2007年生活協同組合連合会コープネット事業連合専務理事。2019年日本生活協同組合連合会副会長。2021年から現職。


なかや・とおる

1949年和歌山県生まれ。2004年JA紀南組合長。2012年JA和歌山中央会・各連共通会長。2012年JA全中理事。2013年JA紀南会長。2017年8月から現職。

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