和歌山のミカン農家の正月だからといって特別なことがあるわけでなく、ごく普通の正月を過ごしている。昔は正月になると、本家のわが家に親戚が大勢集まって新年を祝っていた。賑やかで楽しい反面、いつもおふくろがかわいそうだと思っていた。
正月に親戚が集まることは毎年恒例で、そのためにおふくろは12月30日から台所でおせち料理作りに追われていた。大みそかの夜、NHKの「紅白歌合戦」が始まって、一緒に見ようとおふくろを誘うが、「見ている時間はない」と言っていつも断られた。それどころではなかったのだろう。
今は出来合いのものを買ってくれば済むが、その頃の料理は全て手作りが基本だ。10人以上の来客を見越した量を調理するので、おふくろは本当に苦労していた。酔っぱらった親戚相手にも嫌な顔一つせず、明るくもてなしていたおふくろを、私を入れて男ばかりの兄弟3人は手伝うことができなかった。長男の嫁は本当に大変だと子供心に焼き付いていた。
現在、おふくろは92歳になる。女学校を出て小学校の教師をした後、農家の長男のおやじと結婚した。昔だから姑との苦労もあっただろうに活発でよく働き、いつも明るく振舞っていた。「人に迷惑をかけるな」とか「実るほど首を垂れる稲穂かな」を口癖のように言い、息子たちに徹底的に叩き込んだ。古い習慣が残る時代に本家の嫁として生きてきたおふくろの姿は、尊敬に値する。毎年、正月になると、おふくろの苦労を思い出している。
さすがに今は地方でも昔ながらの習慣は少なくなった。習慣が変わるのはいいこともあるが、寂しい面もある。「紅白歌合戦」が終わった後に放送される「ゆく年くる年」は、地方のひなびた神社仏閣が出てきて、五穀豊穣を祈る姿が映し出される。私はあれが日本人の心の原点だと思う、でも、地方の荒廃や農業の衰退などでこうした伝統や文化がどんどんなくなり、このままでは消滅してしまう。
農業、林業、水産業の第一次産業は土着性で、田んぼや畑はよそへ持っていけない。だからこそ、地域に根付く必要がある。我々はJAグループとして農業を成長産業にすることも大切だが、地域をどうするかも一緒に考えていかなければならないと感じている。年越しに番組を見て、農村、山村、漁村を含め地方を元気にしていくのも我々の使命だと意を新たにしているところだ。
(「週刊新潮」平成30年1月18日号)
正月になると、JA紀南では、晩柑のポンカンが出荷され始める。