第7回 実がなる苦労

中家徹のピンチをチャンスに!

中家徹会長によるコラム。「週刊新潮」にて2020年3月まで連載。

 私の生まれた和歌山県田辺市は全国有数の梅の産地だが、今年はかつてないほど開花が遅れた。例年だと2月中旬に満開を迎えるのに、今年は寒波の影響で約2週間遅れ。梅は蜂が花粉を運んで受粉させないと実が着かないので、開花期に低温が続いたり、雨が多かったりすると、受粉が出来ず収量に響く。開花期に晴天で気温が10度以上なければ蜂が活発に活動しないため、農家は開花期の天候に気を揉むわけだ。

 皆さんがよくご存知の南高梅は、自家受粉しない品種なので1本だけ木を植えても実は着かない。違う品種の梅と受粉して初めて実がなるため、受粉樹を混植した上で蜂の力を借りなければ結実しない。受粉後、3月下旬から4月にかけて実が着く。がくの中に実ができるが、がくが取れて実だけの、いわば実が裸になった時も農家は目が離せない。この時期は遅霜(おそじも)が降りる心配があるからだ。霜に当たると梅はしなびてしまう。30年ほど前、私が地元JAの支所長に赴任した日、わずか一晩で梅園が遅霜被害で全滅したことがあった。それ以来、全ての梅園に扇風機のような防霜ファンを設置し、被害を防いでいる。

 遅霜被害の回避後の次なる心配が5月以降の天候である。開花期と異なり、5月に適度な降雨がないと、実が肥大しない。近年、5月は干ばつ気味なのでこの時期の雨が実の成長の鍵を握る。

 一方では、たくさん実を着けたからといって農家は安心できない。果樹には生理落果といって、樹が自分で実を落とす現象があるからだ。実を着け過ぎると、栄養分を実に吸い取られてしまい、樹に蓄えられなくなるため、自らを守るために適正量まで実を落とす。こうして幾つものハードルを乗り越えた梅が毎年6月、店頭に並ぶ。

3月花に不作なし

 昔は八百屋が多く、梅の時期になると店主が対面で販売した。初心者には梅干しや梅酒の作り方も教えてくれたが、対面販売が激減した現在、量販店にレシピを置いただけでは消費者に手作りのおいしさ、楽しさは伝わらない。そこで私の地元のJA紀南では女性を中心に構成する「梅宣伝隊」を結成し、消費地の量販店で梅干しや梅酒などの古くからの加工法に加え、生梅を冷凍してから作るジュースやシロップといった新しい食べ方もPRしている。

 昔から農家には「1月花に豊作なし、3月花に不作なし」という言い伝えがある。さて、今年は豊作だろうか。

(「週刊新潮」平成30年3月29日号)

梅シーズンに消費地で活動するJA紀南の梅宣伝隊。(写真提供:JA紀南)

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