例えば「清見」「はるみ」「せとか」「はるか」。人名のようだが、これらは全て品種名だ。春先の店頭に並ぶので、ミカン好きならご存知の方も多いだろう。ミカンのように生でそのまま食べるものは、一口食べておいしくなければ買ってもらえない。嗜好性が高いミカンだからこそ、産地では「品種に勝る技術なし」といって品種改良にしのぎを削る。
ミカンの場合、品種改良には2通りある。一つは果樹試験場などで行われる様々な品種を交配して新しい品種を作り出すもの。もう一つは「枝変わり」といって、農家の園地にあるミカンの木、またはある枝だけに突然変異などによって色付きが良かったり、特別に味が良かったり、その個体の遺伝形質とは異なるものができる現象を残すものがある。枝変わりはその枝を別品種の枝に接ぎ木をして、改良を重ねる。
枝変わりを残そうと、地元のJA紀南では「果樹有望品種探索事業積立金」という制度を作っている。農家の園地で枝変わりと思われるものがあれば、営農指導員が数年間様子を見てから新品種として登録するなど、お金を積み立てて有望品種の探索に取り組む。品種改良では食味のほか、収量や耐病性、近年では地球温暖化対策などを目的に研究が進む。中でも温暖化は非常に影響が大きく、秋の気温が高くて降水量が多いと、ミカンの皮と身の間に隙間ができる「浮き皮」という障害が発生してしまう。糖が乗らずに傷みも早くなって商品価値が下がるので、早く収穫しなければならない。そのため、12月の贈答用の時期には出荷できるミカンがなくなる心配も出てくるわけだ。
このように新品種が世に出るまでは、実に多くの時間と手間が掛かっている。産地では食卓においしいものをお届けしたいとの一心で額に汗する。食べて喜んでいただけたなら本望だ。
(「週刊新潮」平成30年5月24日号)