JAの厚生事業
農村医療の充実へ、立ち上がった農民
厚生事業とは、組合員や地域住民の健康を守るために、病院や診療所などを運営し、保健・医療・高齢者福祉を提供する事業です。
JAの医療事業は、大正8年、医師がいないため医療を受けることができなかった島根県鹿足郡青原村(現・津和野町)で、農民自らがわずかなお金を持ち寄って、医療を安く供給しようとしたことから始まりました。
戦前の農山村地域では、過労や栄養不足などの悪条件に加え、医師のいない町村も多く、都会に比べ医療施設に恵まれていませんでした。また、農業者には農作業をするときに発生しやすい病気や、農業機械による事故もあります。そのため、産業組合(JAを含む協同組合組織の前身)が、無医地区の解消と医療費の低廉化運動を展開、病院や診療所の経営を始めました。今では、農協法のもとでJA厚生連がこれを受け継ぎ、運営しています。
全国の農山村の医療を支える
JA厚生連は令和4年3月末現在、全国32の都道県に33連合会が組織され、105病院・61診療所、農村検診センター21施設、介護老人保健施設28施設、訪問看護ステーション96施設、特別養護老人ホーム9施設、介護医療院4施設、看護師養成所13施設等を設置・運営しています。
JA厚生連が運営する病院のうちおよそ4割が人口5万人未満の地域に立地しており、地域によっては当該市町村で唯一の病院施設となっています。また、およそ9割の病院で救急患者を受け入れ、救急医療を担っています。農山村地域や、へき地における医療の確保に大きく貢献し、人々の健康で豊かな生活を支えています。
農山村地域における医療の確保を原点に、地域におけるニーズに対応しながら、健康増進活動の促進、良質な医療の提供、急速な高齢化へ向けての対応等、組合員および地域住民の方が日々健やかに過ごせるように、保健・医療・高齢者福祉の分野で各地域において積極的に事業を展開しています。


災害・感染症への対応
東日本大震災では、主に岩手県、宮城県、福島県の海岸部を中心に死者・行方不明者が約2万人に上りました。家屋の倒壊や東京電力福島第一原子力発電所事故等による避難生活者は、17万人に達するなど未曾有の大災害となりました。このため、全国各地の病院から災害派遣医療チーム(DMAT)や医療救護班が派遣されました。JA厚生連からも、DMATや医療救護班を延べ3,000人派遣し、被災者の治療や看護、健康管理活動等を行いました。
新型コロナウイルス感染症に対しても、感染症指定医療機関に指定されている33の厚生連病院のみならず、多くの厚生連病院で感染患者を受け入れ、令和4年11月末現在、入院患者が延3万人を超えております。また、令和5年1月4日時点でコロナ陽性患者を受入れる病床のうち、3%を超える1,530床を厚生連が確保しています。その他にも、帰国者・接触者外来の設置、自治体やJAグループからの要請によるコロナワクチン接種など、地域の中核病院として必要な対応を行っています。
地域住民の健康を創る
JA厚生連では、疾病の早期発見・早期治療、健康増進を目的に健診の充実に努めています。厚生連病院などでの施設健診に加え、生活習慣病検診車などで健診に回り、令和3年度の受診人数は約215万人に上りました。人間ドックも実施する他、健康セミナー、食生活の改善指導など健康教育にも力を入れ、健康増進をサポートしています。また、高齢者のくらしを支援するため、訪問看護やリハビリ、高齢者の健康相談なども行っています。